第145話 ご免なさいしなさいね?

「あと僅かで私がこの王国を滅ばさねばならなくなるところでした」


 さらりと告げられた言葉は、何の罪悪感も気負いもない、ただ当然の事実を述べただけの口調だった。


 ――何だか分からないけど、王国滅亡のフラグ回避してたみたい――――!!


 わたしの心の叫びを余所に、室内は妙な緊張感に包まれ、しんと静まり返っている。

 そりゃそうだろう、帝とかぐや姫のとんでもない魔法を知った今では、国を滅ぼす魔法が戯れ言ではなく実現可能なものだと理解できているから。


 まぁでも、両親への王国側の対応で攻撃に転じてしまうほどには――紛い物と断じてはいたものの――帝とかぐや姫への情は持ち合わせていたのだろうと嬉しくはなる。良かったね、との想いを込めて未だ固く目をつむったままの黄金ネズミにそっと指を寄せると、微かに黄金色にピンクのラメが加わった気がした。んん?と首を傾げたくなるけれど、今はそんな場合じゃなかったと思い直す。


 とにかく、オルフェンズには、今の自分の立場をもう少し考えて欲しい。


「オルフェ?護衛の不始末は主人の責任。貴方、自分の立場は分かっていて?わたしを破産させるつもりかしら」


 実際やらなくたって、国に仇成す不穏分子を侍らせる商会と快く取引をしてくれる市民がいたら教えて欲しい。そう言うことだ。


「護衛やモデルとして、一緒に行動してくれる同志だと思っていたのに……残念ね」

「なっ……」

『……っぢぢぢっ!!』


 愕然とするオルフェンズに反応した様に、黄金ネズミがハディスの掌の上でカッと目を見開き、やんわりと開かれたままだった手甲の上から、一気にオルフェンズの肩の上にジャンプする。

 そして、顔の横で銀髪を一束掴むと正面に佇むわたしの方をチラチラ見ながらグイグイと下方に向かって引っ張りつけている。――これは、あれだ……。


「わっ!竹がっ、ビリビリしてるんだけどぉ!?」


 ハディスがバイブになったスマートフォンの様に、小刻みに震えている竹を持ち上げて叫ぶ。


「うん、オルフェのご両親が、ご免なさいしなさいね・って言ってるのよ」

『ぢゅぅ』


 わたしの声に続き、黄金ネズミの鳴き声が「そう」と言ったように聞こえた。


「っ!今更父親面などっ……」


 オルフェンズが苛立ちも露に肩の上の黄金ネズミに吐き捨てる。


 拒絶の言葉を吐きながらも、振り払おうとはしないオルフェンズに、黄金ネズミが思い切ったように立ち上がる。ぎくりと肩を強張らせたオルフェンズの冷ややかな視線に戸惑う素振りを見せつつ、目一杯伸び上がって彼の頭に小さな手を伸ばすと、遠慮がちな手付きでそっと2回撫でた。


『ぢぢぢ、ぢゅぅ』


 愕然と目を見開いたオルフェンズに向かって、微かに鳴き声を発した黄金ネズミは、ハディスの手に飛び乗ると、光る竹をはっしと両腕で抱え込んで一気に床へと飛び降りる。


 そして、チラリとこちらを振り返ると、素早い身のこなしで部屋から駆け出して行ってしまった。




 光る竹と黄金ネズミは、それから後、王城のかつての円状庭園だった場所に2つ並べて置かれた「帝石」と「女神の御石」の上にちょこんと座っている姿がしばしば目撃されるようになるのだが……――それはまた別の話。






 ついに、王城でも一番の広さと荘厳さを誇る大広間では、お歴々を集めた月の忌子ムーンドロップ撲滅の祝賀会が始まった。ここでは貴族同士の賑々しい交歓が行われる。王国の安寧を皆が嚙み締めた後、功労者である神器の継承者を讃え披露する式典へと移行する流れだ。


 さっきまでの、一部の高位貴族を集めた雪見の宴がささやかなものに思えるほどの規模と豪華さで、わたしの知る夜会なんて目じゃないくらいに煌びやかな装飾が施された会場は、人々の纏うドレスの華やかさとも相まって目眩がしそうだ。


 わたしが6人目の神器の継承者として正式に国王から紹介される式典よりも、祝賀会が先と云うこともあり、今は自分を落ち着かせるためにも家族と一緒にホールに立っている。

 一参加者として会場に溶け込みつつ服飾・宝飾にインテリア、テーブルウェア、飲食物のデコレーションに給仕担当の使用人達の洗練された動き等々の観察に勤しんでいるうちに緊張感は随分和らいだ。


 ――だって、この貴族だらけの祝賀会ときたら、商売へのヒントが満載過ぎて飽きることがないんだもの!新商品のヒント?いいえ、王城へはこれとこれが売り込める!うちの商品の方が使い勝手も見映えも絶対に良い!!って云う販路のヒントよ!



 今回の月の忌子ムーンドロップ出現による混乱を発端に、フージュ王国積年の悲願であった、国王が命を削るシステムの撤廃が達成された。ここまで大きな祝賀会が開かれたことにより、それがどれほど凄い出来事だったのかと改めて実感する。

 無駄とは知らず、帝石に多くの魔力を注ぎ続け、悪戯に生命を縮めていた歴代の国王達――そして苦痛にしかならない他人の魔力を幾星霜の年月にわたって押し付けられ、苦しんだ帝――その2つの悲劇が終わったことは素直に喜ばしいと思う。


 誰にも利のないことだったから。

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