第144話 あと僅かで私がこの王国を滅ばさねばならなくなるところでした。

「ごっほん。閣下?少し、宜しいでしょうか」


 手にした竹の一節を両手でもじもじと触りながら、待ちきれなかったのであろう父テラスがわざとらしい咳払いと共に声を掛けた。母が「ちょっと!」と肘で父の脇腹を突いているけど、今は甘ったるくて息苦しいこの空気を壊してくれて感謝だ。


「竹林で見付けた竹なのですが、閣下のネズミ達が何かを訴えている様なのです。ご覧いただけないでしょうか?」

「ネズミ達が……?」


 復旧していたハディスだったけれど、父の持ち込んだ竹には何の覚えも無いらしく、ふたたび静止する。まぁ、今度のは口元に右の握りこぶしを添えて考え込んでいるから性質は全く違うのだけれど。ハディスが父の手から竹を受け取り、何かに気付いたかのように、はっと目を見開いたその時―――

 開放状態の入口から、王城には似つかわしくないパタパタと云う人の駆けて来る音が響き、飛び込んで来た人物に再びわたし達が静止した。


「叔父上!!!」


 アポロニウス王子と大蛇……いや、小さく顕現させた青龍を身体に巻き付けたポリンドが飛び込んで来たのだ。


「突然変異のネズミが!!いや、叔父上のネズミが光って帝石のところに瀕死でっ!」


 必死の王子の訴えに、彼の視線を辿れば、ポリンドの青龍の口元へと導かれる。その青龍の咥えるモノを見た瞬間、わたしは思わず声を上げていた。


「ネズミ食べちゃダメっ!!!」


 青龍の口元には、竹と同じく、淡く金色に輝く魔力のネズミがぐったりとした様子で咥えられていたのだ。


「食べるわけないでしょ!!」


 ポリンドがすかさず怒声を上げる。


「現行犯!」

「違うわ!!魔法生物は素手では持てないでしょーが!」

「あぁ、そっか」


 納得したわたしに、頭痛を堪える様に額を抑えたポリンドは、「慈悲の象徴の青龍が非道なマネしないし、可愛い弟の眷属だよー……」とゴニョゴニョ呟いている。うんうん、仲よき事は美しきかな。そうして、既に竹を持っているハディスの逆側の手に瀕死のネズミをそっと渡した。ハディスは器用に片腕だけに魔力で紅色の手甲ガントレットを作り出して、そのネズミを受け取る。


「黄金色に光るネズミ……?」

「黄金なら幸先良いんじゃないの?」


 わたしの呟きを拾った母が、『黄金』に反応して目を輝かせる商人らしい反応を示す。因みに母と弟には緋色ネズミと同じ様に、姿は見えていないらしい。輝く竹は言わずもがな、ただの竹だ。何も説明しなかったらあと少しで小刀を持ち出した母に一輪挿しに加工されるところだった。それ以来、竹の保管場所は父のポケットの中なのだけれど、それはまぁ置いておくとして。


 ――色が目出度くても、瀕死だからなぁー……


 正直微妙だ。けど、ハディスの魔力の化身の姿を取られてしまっては、無碍に放っておくこともできない。竹は、放っておいても父が大事にはするだろうけど、ネズミーズの反応が気になる。


「魔力を与えれば、元気になるだろうか?」


 アポロニウス王子が気掛かりそうに黄金ネズミの力ない様子を覗き込んで、そっと手を翳そうとする。けど―――わたしは、さっとその手の前に自分の手を差し出して制止した。


「ダメですよアポロニウス王子」


 何故か思い出したのは帝のことだった。自らを犠牲にして王国を救ったにも関わらず、他人の魔力を与えられて幾星霜の年月を苦しみぬき、それでも蘇って尚、巨大獅子からわたしたちを護って消えてしまった帝。だから、他人の魔力を加える行為は避けるべきだと思う。悪気は無かったとはいえ、同じ間違いを繰り返す事になり兼ねないから。

 合わせて、光を纏う竹を見る。やっぱりどこか気になる気配がする。


 ――あぁ、そっか!通りで2つ同じ様に今、現れたんだ……!


 感覚的なものだけれど、多分、そうだと思う。緋色ネズミの魔力と半分混じって分かり辛いけど、確信を持って気配を探れば、黄金色ネズミの魔力は黄金に光る男のわたし達を護ってくれたあの気配と同じだった。もう一つも、わたしがほんの僅かな間だけ出会ったのは石の中に残ったの残滓にとてもよく似ている。それに、『光る竹』なんて……間違いない。


 2つともを知っているのはわたしだけ。だから止められるのもわたししかいない。

 わたしはかぐや姫の因縁を終わらせるためにこの世界に呼ばれた存在――なら、不本意ながら、これはわたしだけに与えられた仕事なんだろう。仕事なんてそんなものだ。


「王家の皆様の魔力が、この方の毒にしかならなかったことをお忘れですか?」


 プレゼンテーションをする時みたいに、自信溢れる表情をつくり、はっきりとした声で告げる。


「なっ……!まさか」


 アポロニウス王子が狼狽えて、魔力を送ろうと差し出していた手を引っ込め、ハディスやポリンドは息を呑む。その時、ふわりとわたしの傍の空間が歪んだ気がして視線を向けると、肩が触れそうなくらい近くに銀髪の美丈夫が満面の笑顔で出現したところだった。


「正解です。よくぞすんでのところで王子を押し留められましたね。さすがは桜の君です」


 ――何だろう。いつもの何を考えてるのか分からないひんやりした笑顔じゃなくって、滅茶苦茶うれしそうな今の顔の方が怖く感じるってどう云う事!?


 困惑するわたしの本能は、笑顔のオルフェンズに未だ嘗てない警鐘を鳴らし続けている。


「あと僅かで私がこの王国を滅ばさねばならなくなるところでした」


 綺麗な笑顔には似つかわしくない――いや、オルフェンズの本質を知るなら正しく彼らしいセリフが発せられた。

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