第143話 御目出度いとかじゃなくって……カッコ良すぎる――――――!!!
王城では、本日開催されるセレモニーの最初の催し「雪見の宴」まで
そんな中、城下からハディスと一緒に戻ったわたしを見て、父母と弟のヘリオスは勿論、バンブリア家から連れて来ていた侍女たちまでが絶望的な表情で声を失っていたのは申し訳なかった。あまり跳ね回ったりはしていなかったけれど、髪はそれなりに乱れ、ドレスはどこか埃っぽくなっていて……昨日からの念入りな準備による成果が無残なことになっていたのだ。
「時間がないわ!メリー、メイク直しを。私が髪をやりますから、その間にディスキンはドレスの汚れを……―――――」
母オウナが逸早く立ち直って、指示を出し始める。王城の侍女が、宜しければ新しいドレスの準備を……等と声を掛けて来ると、母が「どうする?」とばかりに視線を送って来た。
「着替える訳ないじゃない。だって約束のドレスだもの。これじゃないと意味がないわ」
「そう言うと思ったわ」
機嫌良さげに告げた母オウナは、まるでわたしがハディスから贈られたドレスに格別な想いを持っているとでも思っていそうな意味深な笑みを浮かべる。全くもってその通り!なんだけどね!
今着ているドレスは、王妃やイシケナルに用意された赤いだけのドレスとは違う、ハディス自身がわたしのために用意してくれた特別なものだ。光沢の有る赤い生地に、桜色の糸で仕上げられた八重咲きの桜花の地模様が施され、右肩からスカートの裾にかけて流水紋が、ハディスの瞳の濃い紅色のガラスビーズを混ぜた刺繍で表現されている。一見シックで大人しい印象を受けるドレスは、ひとたび光のもとに出ると、模様に仕込まれたビーズが眩い輝きを放って一瞬たりとも同じ表情を見せない。
贈ってくれた時に、「セレみたいなドレスだよ」って言った後で「色んな魅力があって、飽きないってことだからね」なんてしっかり攻撃して行くことも忘れてなかったわ。婚約したからと云うもの、日々ハディスの攻撃力が増して気を抜く暇がない。
バンブリア家女性陣総出でのお直し作業が凄まじい手際で整えられ、四半刻を残して無事完了すると、父テラスが様子を見にやって来てくれた。
いつも通りの商人らしい愛嬌ある笑顔を浮かべる父……のはずが、いつもとは違う妙な気配を感じる。
何故だとじっと見詰めれば、大切そうに両手の中に包み込んだナニかが、柔らかな光を纏って微かな主張をしていた。知っているような、けれどハッキリ覚えているほど身近なものではない、そんな気配が光に混じって漏れ出ている。
「お父さま?その手に持たれている照明の竹細工……いえ、素材は一体何でしょう?」
「これかい?作日うちの所有地の竹林に足を運んだときに、誰かに呼ばれたような気がして見に行ったんだ。そしたらそこに、ひと際明るい金色に輝く節を持ったこの竹があったんだよ。すぐに分解して調べようかと思ったら緋色のネズミ達が離れなくてね。気になったから閣下にご覧いただこうと、そのまま持って来たんだ。」
成る程、確かに父の言う通り、緋色ネズミーズが父の側をうろちょろし続けている。なんなら、わたしの頭の上から飛び降りた大ネズミまでもが、父の手の中の竹を、鼻を何度もひくつかせながらじっと見上げている。
研究好きな父とは言え、このネズミ達の反応は無下には出来なかったんだろう。ただ、分からないものがあると気になって仕方ない研究者気質の父は、幾日も待つことが出来ず慌ただしい日と理解しつつも持って来てしまった……と。簡単に想像出来るテラスらしい動機に自然と笑みが浮かぶ。お母様はあきれ顔だけれど。
その後すぐに、父の入室から開け放たれたままとなっていた入口にハディスが姿を見せた。エスコートにやって来た彼の姿が凛々しすぎる!と凝視してしまったわたしとは勿論視線がぶつかり―――ハディスは、驚きの表情を張り付けたのみならず、全身の動きまでもを止めて完全に硬直した。
「お・に・い・さ・ま?」
揶揄う様な声音と共に、ハディスの背後から珊瑚色の頭をぴょこぴょこと覗かせたヘリオスが入室を促しているけれど、まだハディスは硬直している。
「―――くっ……は!息が止まるかと思った!!!」
長い静止状態から復旧したハディスは、実際に息をしていなかったのだろう。耳まで真っ赤に染まった彼は、赤髪と相俟って頭全体が真っ赤だ。今日の純白の儀礼用騎士服に紅色のマント、そして真っ赤な頭……と、紅白が揃って非常におめでたい。
「お・ね・え・さ・ま?」
ヘリオスの揶揄い声にはっと我に返る。
――ダメダメ、思わず現実逃避してたわ。御目出度いとかじゃなくって……カッコ良すぎる――――――!!!
新米婚約者同士が互いに呼吸すら忘れて見惚れる事態に、弟は呆れ顔で溜息を吐き、父母は顔を見合わせてにっこりと微笑み合った。
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