第142話 いつも頑張ってくれている護衛の2人に、主人のわたしから贈り物よ。

 耳を塞ぎたいけど公衆の面前で、それはまずい気がする。ハディスは器用にも、綺麗な笑顔でさっきのセリフを言っているのだ。


「しかもそこの銀のは、わざわざ僕の足止めのために、魔物おきみやげを出現させて行ったよね?何にもない空間から魔物が現れたんだけど、あんなこと出来るのって銀のだけだよね?」

「ふふ、地上の黒い魔力も邪魔にされるだけでなく有意義に使われて満足したことでしょう。」


 どうやらハディスも魔物との1戦を交えた後だったらしい。袖口の傷みはそのせいだったのだろう。――にしても、看過できない話が出なかっただろうか。


「え?オルフェはここに居たのよね?」

「ほんの少し、私の能力も工夫してみたんですよ」


 さり気無く片目を瞑る様子が妖艶すぎて目に毒なんだけど、遠隔で魔物まで出せるようになるなんて、どこまで魔王っぽくなるつもりなんだろう。


「一般の人たちに迷惑をかける魔法の使い方は止めなさいね!」


 取り敢えず注意はしておいた。ハディスが「僕の心配や、僕に迷惑をかけるなって注意はしないのぉ?」なんて子犬みたいな表情をして訴えて来るけど、可愛いからそのまま……いいえ、オルフェンズもこちらが死傷するような手は出して来ないはず―――だから。うん。


「継承者様っ!!」


 馬上の人となり、さぁ走り出すぞ、と云う段になって、どこか気になる人物から声が掛かった。声の主である商売人風のエプロンを付けた男に覚えがあるわけじゃあない。いや、見たような気はするんだけどはっきり覚えているほど縁のある人物ではなさそうだ。けど、その声の主が差し出しているモノは、しっかりと記憶に留まっていた。


 肉汁滴る獣肉のかたまりが二つ刺さった美味しそうな串焼きだ。


 ――はぁぁっ!串焼き!


 鐙に乗った足で、今にも出立の合図である蹴りを入れようとしていたハディスを止めて、串焼きを受け取る。串焼き屋台の主人はオルフェンズの事も覚えていたようで、3本の串焼きがそれぞれに渡された。


「えー……、今から祝賀会なんだけどぉ」


 ごねるハディスの口元に満面の笑顔で、手にしていた串焼きを近付ける。

 この美味しい匂いを近付けられたら抗うことは出来まい!と、串焼きを食べたいわたしは実力行使に出た。


「はい、ハディ!あーん」

「えぇっ!?」


 わたしの串焼き作戦が功を奏したのか、軽く頬を上気させたハディスが、串焼きとわたしの間で視線を何度か行き来させ、やがて「あーもぉっ」などと真っ赤になりながら天を一度仰ぐと、観念したかのように勢いよくわたしの持つ串にかぶり付いて肉片を一つ引き抜こうとする―――と。


 ひゅ……


 軽く鋭い空を切る音が至近距離で鳴る。


「っっぶな!銀の!?もうちょっとで直撃なんだけど!?どういう事!?なんで軽い櫛が矢みたいな攻撃力を持つの!?突き刺さってるの!?」


 ハディスが噛んで引っ張りかけた肉から口を放してオルフェンズに叫ぶ。わたしにしても、手元で起こった異常事態に固まるしかない。手にした櫛には、2つの塊肉の他に、もう1つの肉が追加されていた。わたしの持つ手のすぐ側の1つと、ハディスが口で引っ張ったもう1つ――その間に僅かに覗く櫛に、1つ肉のついた櫛が突き刺さっている。


「私を仲間外れにするなんて水臭いじゃないですか」


 手に1つ残った塊肉をぱくりと口に放り込んで、指に残ったタレを舐め取るオルフェンズは、何の悪気も無さそうに、薄い笑みを浮かべている。


「オルフェ!!食べ物を粗末にしたらいけないんだからね!」


 堪らず叫ぶと、オルフェンズは愉快そうに「それは失礼」と言いながら、こちらが反応する間もない軽やかな足取りで近付くと、放った櫛をぴょいっと取り上げてしまった。

 ハディスの口元に寄せられた肉塊2個付きの櫛は、敢え無くオルフェンズの投擲した櫛に引っ張られて彼の手元に行ってしまう。何を思ったのか、オルフェンズはそのまま肉を3個とも食べてしまった。


「――ちぇっ、いいトシして焼餅かよ」


 ハディスが忌々し気に舌打ちをする。まぁ、確かにここのところ特にハディスとの婚約に浮かれた気持ちになっていたかもしれない。そのせいで生涯の護衛と宣言してくれたオルフェンズがわたしの護衛であることを主張しなきゃって気持ちになっていたなら悪かった。ならばこうだ。


「ハディ、あなたの櫛を貰っても良いかしら」

「あぁ。どうぞ?」


 すんなり手渡された肉塊をまず1つ2つと、櫛からはずして左右の手に摘まむ。


「はい、どうぞ?いつも頑張ってくれている護衛の2人に、主人のわたしから贈り物よ」


 言いながら、同時に2人の口元に左右それぞれの手で肉塊を近付ける。

 照れながら食べていたハディスと、4個目の肉にちょっぴり苦しそうにしながらも黙って食べたオルフェンズ。2人それぞれの反応に笑いながら、わたしたちは今度こそお城に向けて出発した。

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