第140話 プライドが不利益になるならどれだけでも無視するわよ!

「何でこんなところまで入り込んでるの!?しかも地面よ!?ムルキャンの根っこには引っ掛からなかったわけ!?職務怠慢よ?イシケナルとポリンドに言い付けちゃうわよ!」


 思うさま、姿を隠してここに居ないフリを決め込む生成なまなりに対する文句をぶちまける。


 王城の控えの間として与えられた部屋で、広場に魔物の黒い魔力が近付いて来るのは感じ取っていた。けれどいつもの緊急時対応に則って、既にこの王国の人の住む場所全てを網羅して配備されているムルキャン・トレントが、すぐに排除に動くと信じ、のんびりとその気配を傍観していた。


 それなのに、いつまで待ってもムルキャンは微塵も動かず、慌てて手近なムルキャンを締め上……事情説明を求めると、とんでもない答えが返って来たのだ。




 昨晩から式典のために念入りな入浴にマッサージ、爪の先から髪のケアと、バンブリア邸の侍女総出で磨きに磨かれてクタクタになっていた。その翌日の朝も早い時間、ふらりと出掛けたオルフェンズが、何やら企んでいそうな笑みを浮かべているとは思ってた!まさか本当に、オルフェンズがこっそり狩りまくってた魔物や魔獣を、王都の警備を任せているムルキャン・トレントに散々喰わせて満腹状態にし、その間に魔物を侵入させる企みを実行していたなんて!


 ――護衛の不始末は主人のわたしの不始末!!くうぅっ……、何て護衛なの!?最近ハディスに気が行ってたから、ヤキモチ妬いて構ってちゃんになってる??にしても、規模が大きすぎるから―――!


 そんな訳でわたしは、侍女の努力の結晶であるドレス姿なのにも拘わらず、自分の護衛の不始末の尻拭いに奔走する羽目になったのだ。


 丁度、出現場所に居合わせた王都警邏隊隊員にエールを送って、協力を頼みつつ、涼しい顔で竪琴片手に居合わせたオルフェンズに苦々しい視線を送る。すると、まるで娘の授業風景を見守る親の様な、穏やかながらもどこかワクワクした面持ちであることに気付く。


 ――参観日気分な訳!?


 そうだ、オルフェンズはそう云う厄介な男だった。わたしをわざわざ危機に陥れて、乗り越えるさまを愉しむ困った性癖の持ち主……。これさえなければ文句なしに有能な護衛なんだろうけど、一番大事な為人だけが大問題なのだ。今更言っても仕方がない、完璧な人間などいない――と、呪文の様に自分に言い聞かせて気持ちを切り替える。今は、この魔物を何とかしなければならない。


 螻蛄おけらモグラが丸い頭部にくっ付いた瞼の無い大き過ぎる目で周囲を見渡し、魔力の多い存在であるわたしに視線を固定する。オルフェンズが一番だろうに、さっと銀の紗に隠れてしまった。チキチキと手足から不思議な音を立てる魔物に生理的嫌悪感が迫り来るのをグッと堪えて、対峙する足に力を入れる。


 上空には、咄嗟にポリンドから借りた青龍が旋回しているはずだ。いざとなったらその協力は得られるだろうし、置いて来たハディスもすぐにこの場に追い掛けて来るはずだ。


 ――何とかなる!虫みたいなものだもの、何とかできる!


 自分に言い聞かせている途中で、ぴょんと身軽に跳ねた魔物が頭上に浮き上がり、その虫らしい腹部が目に入る。


「嫌――――!!無理無理無理無理!!!」


 虫らしいビジュアルに、不退転の信念を嫌悪の反射が上回って、無我夢中に手に触れる瓦礫や小枝を投げつける。心に浮かぶのは「触れたくない!!!」その一心で、跳ね飛ばす勢いで投げる得物にはとんでもない拒絶の力が籠る。


 どぅ

『ギャ…………』


 鈍い音が鋭く響き、頭上から節・節・節……の腹部がこちら目掛けて落下してくる。どうやら魔物は、わたしの瓦礫の投擲に急所を撃ち抜かれたらしい。


 ――嫌――――!!


 再度の悲鳴は心の中で。だって、口なんて開けられない!!

 その時、ふいに傍の地面からニョキリと巨木が生えてきた。


「わっ……我はここに居るぞ!!言い付けるなど、その様に幼子のような真似をすると言うのか?そんな馬鹿な真似など、プライドある令嬢ならすることなど出来んはずだぁぁぁ」


 叫ぶその声は聞き慣れたムルキャンのもの。ムルキャン・トレントが慌てた様子で現れて、もう少しで魔物の落下地点となりそうだったわたしの立ち位置をブロックした。


 ムルキャンの大枝に激しくぶつかった魔物が、力なく地面に落ちる。

 巨大虫の直撃は免れたらしい。ほっとすると同時に、満腹の為に居留守を使ったムルキャンに対する怒りがふつふつと湧いて来る。


「ムルキャン!貴方何やってるのよ!!来られないならせめて連絡くらいしなさいよ!!言い付けるわよ!」

「だからお前には令嬢のプライドと云うものが無いのか!?幼子か!?」

「そんな利益の無いものに興味は無いわ!プライドが不利益になるならどれだけでも無視するわよ!」


 ぎゃいぎゃい言い合っていると、どこからともなくわっと歓声が上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る