第138話 どこの「乙女ゲーム」か「鬱アニメ」のヒロインよ!!!!

 久し振りの講義室に若干緊張しながら踏み入ると、前方扉横のいつもの場所に、はしばみ色の頭を見付けた。声を掛ける前に、その人物の長い纏め髪がひらりと揺れて勢い良くこちらに振り返り、良く見知った闊達とした顔が満面の笑みを象った。


「セレネ!やっと君に会えた!」

「スバル!無事で良かったわ」


 ほんのひと月ぶりだと言うのに、両腕を広げてハグを求めて来る大袈裟な喜び様を見せる親友に、こちらまで嬉しくなってしまう。どちらからともなく、互いに背に回した手でひしと抱き締め合うと、そっと身体を離したスバルが不思議そうに顔を傾げる。


「セレネ……なんだか雰囲気変わった?」

「えぇっ!?な、んでもないわよ?そ・そうよ、休講が長すぎてちょっぴり成長したのかも!」


 ――さすが親友、鋭すぎるわ!けどハディスとの婚約は、一月後の王城の雪見の宴で発表するまで、口外できないってハディスが言ってたから、まだ親友といえども話すわけにはいかないのよね。ごめんね、スバル。


「ふぅん……?まぁいいや。セレネの無事で元気な顔が見れたら、私は満足だし」


 何か察しながらも、こちらの反応を見て多くを訊ねず、けれどわたしの無事を喜んでくれる親友が男前すぎる。


「スバル、なんでそんなにわたしに優しいのよ!素敵すぎて、そんじょそこらの令息が霞んで見えちゃうわ、もぉ」


 呆れたように頬を膨らませてみせると、くすりと優し気な笑みが帰って来る。


「そう?うーん、だとしたら私の見る夢って云うか、記憶のせいかな。変な話だけど、幼い頃から記憶の片隅にピンク髪の女の子の姿があったんだ。その子は苛められ、虐げられてばかりいて、この学園で初めてセレネを見た瞬間、記憶のピースが合うような気がしてね。私が守らなきゃって思ったんだ。」


 スバルの言葉で、漠然としていた可能性が一気に現実味を帯びて来て、一気に脈拍が上がった気がする。


「そ……それは変よね。わたしたちこの学園に入るまで会うこともなかったのに。けど、護ってくれる護衛も出来たし、わたしはこの通り丈夫だから、そんな気にしすぎなくても大丈夫よ?」

「そんなことはないよ!それにあんな執着心も顕わな護衛達だよ!?きっとセレネには忠義以外の感情を持ってるに決まってるじゃないか。あんまり気を許すのは危険だからね?私が護ってあげられたら良いんだけど」


 心底わたしの身を案じてくれる親友の男前度が高すぎる。


「辺境伯令嬢で、騎士爵を持つスバルにそんなことは頼めるわけないし、わたしの護衛達は正直な自分を見せてくれていて、良好な関係を築けてるから、問題はないわよ?」

「本当だね?くっ……私が男だったらセレネを娶って、一生大切にすることも出来るのに。ままならないものだね」


 寂し気に笑うスバルの表情に、ハディスの言葉が蘇る。


『前世、男だった奴が女に転生するなんてことは有るのか?』


 もしかしたら、そうなのかもしれない。ただの友人と云うには、わたしのことを心配しすぎる優しいスバル。だからこそ、学園へ入って令嬢と云うには平民じみて悪目立ちしていたわたしだったのに、出会ってすぐに親友と呼べるほど仲良くなれたのではないだろうか。

 心配しなくても大丈夫と繰り返すわたしに、スバルが更に言葉を重ねる。


「記憶に残るセレネは、いつも小さなガラス越しに見えていてね。本当に綺麗な笑顔を浮かべてはいたんだけど止まっていて動かなかったから、こうして生き生きと笑うセレが見られると堪らなく嬉しくなるよ。きっと、前世か何かで、何よりも大切な恋人か何かだったんじゃないかなと思う」


 ――あぁぁぁぁ、確定ね。かぐや姫!!いったい何人転生させたのよぉぉ―――!


「……それは、不思議な縁を感じるわね」

「でしょ?だから、その彼女に似ているセレネは何故か大切にしたくなっちゃって。おかしな話だけど。こんな話に付き合わせちゃってごめんね?」

「ううん、親友になってくれて嬉しいもの。――うん、ありがとう、スバル」


 嬉しいと思ったのは間違いないけど、引っ掛かりは残る。だって、わたしの外見を客観的に見れば、ピンク色の髪の美少女で、境遇も低位貴族、貴族の通う学園に通って数多の貴族令嬢に苛められてるって……どこの「乙女ゲーム」か「鬱アニメ」のヒロインよ!!!!恐らくは、スバルは転生前、そんなテンプレなゲームかアニメを嗜んでいたんだろう。だからこその親近感と既視感をわたしに持ったってことね。


 身の回りだけで2人。だけど探し出したら、一体どれだけいるんだろう?何てことしてくれたんだ、かぐや姫!自分のカタをつけるために何人を引っ張ったの!?やっぱり自分勝手なお姫様だわ!もぉ、それなのにこの世界では、女神が『かぐや姫』なんて!


 まぁ、だからと言って、大事に思う人への気持ちが変わるわけではないけどね。

 そうか、ハディスは講義室に入る前に、逸早くそのことに気付いたからこそあんなに食い下がったんだ。スバルと近しいわたしが気付かないことにハディスが気付くだなんて、もしかするとわたしと親密なスバルに嫉妬したのかしら――と、そう考えて頬にかぁっと熱が上ってくる。照れくさいけど嬉しいなんてね。

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