第137話 この世界の真のヒロインは、あたしなんだから!

 わたしの困惑に気付くこともなく、ユリアンは話し続ける。


「カインザ?1人に縛られるのなんて窮屈だし、生真面目な彼には、あたしは勿体無い女ね!あたしはヒロインなんだから!生まれる前から大勢に傅かれる夢を見て来たの。あたしを邪魔する女や、魔物の立ち塞がるイベントがあっても、あたしを思うイケメンたちと手を取り合って乗り越えて行くのよ!これは、この世界に生まれたあたしに寄越された神託よ!」


 ――んんん!??生まれる前?イベント?


「だから貴女がヒロインぶっていられるのも今のうちだけよ!?この世界の真のヒロインは、あたしなんだから!じきにあたしに優しい世界になるわ!夢見る乙女の妄想力を嘗めないことねっ!!」


 ふふんっと、胸を反らして堂々と宣言したユリアンは、気持ちの高揚も露に、大股で勢い良く中庭から立ち去って行く。


「えぇー……っ……、もしかしてユリアンって……」

「桜の君と同じく、魔方陣に引き寄せられた転生者の1人でしょうね」


 愕然と呟いたわたしに、背後に立った護衛ズの片方、オルフェンズが何事もないようにさらりと言った。この時、想像もしなかった事実に動揺していたわたしは、ハディスがショックに打ちひしがれた様子でいる事になど全く気付いていなかったのだった。






 学園での護衛ズの並び順は、ヘリオスが同行している間はわたしの隣は彼の定位置となっているため、赤銀はともに背後を付いて来る形になっている。けれど、ヘリオスが3年棟へ向かうと、護衛たちは当然の様にわたしを真ん中に挟んで両脇に立ち、渓谷の様相をとることになる。

 それは、わたしとハディスが婚約しても変わらないようだ。まぁ、そんな気はしてたし、別に良いんだけど。


「残念でしたね、桜の君のことは私の方がより存じ上げて居る様で。幾ら法律で縛ったところで、桜の君の輝かしき存在の全てを得られる訳ではありませんから、勘違いしないで欲しいものです」

「だぁーかぁーらぁ、婚約は合意の上だって説明したじゃん!?そうじゃなくって、転生の件だよ。なんで銀のは知ってて、僕には教えてくれなかったのさ。セレが何だって今更関係無く愛してるって言ったじゃん」

「えぇ――……、軽い……軽すぎるわ。それってもっとこう、しっとりと重々しく言ってくれるセリフじゃないの!?」


 いつものように左右でわたしを挟み込んだ護衛ズが、護衛と主人の様相を成さない軽口の応酬を繰り広げる。

 ハディスは、わたしが転生前の記憶を持ってることに驚きはしたけど、すぐに納得したようだった。「セレだしね。うん」なんて軽い一言で。それよりも、オルフェンズが知っていて、婚約者の自分が知らないことにショックを受け、拗ねた結果のさっきの言葉だ。


「私は、どれだけ桜の君の身が人の世の契約で縛られようとも、その魂魄の赫々たる煌めきに惹かれる心は変わり様もありません。全身全霊をもって生涯お側に侍り、桜の君をお護りいたします」

「重いっ……重いってぇぇー。貴方達ってなんでこうも両極端なのよ。足して二で割れば丁度なんじゃないのぉ」


 ワイワイと軽口の応酬を行いながらも講義室へ歩む足は止めない。それどころか、いともあっさりと、わたしが転生者だった件を受け入れてしまった2人の懐が深すぎて、涙ぐんじゃいそうだ。






 講義室へ入る段になって、いつもはあっさりと離れて行くハディスが、今日はやけに躊躇する様子を見せていた。


「ハディ?どうしたの、わたしが講義の間、しばらくはお城でお仕事があるんでしょ?」


 ハディスは巨大獅子から飛び散った黒い魔力の齎す魔物発生や、活性化への対策のため、わたしを講義室に送り届けた後は王城での執務が待っている……――そんな話だったはずなのに、難しげな表情で、ちらりとわたしを見た後、オルフェンズに声を掛ける。


「銀の、お前は転生者に詳しいのか?」

「赤いのよりは詳しいでしょうね。母がそうでしたから」


――かぐや姫が転生者。だから、わたしが転生者だって知ってもさしたる驚きはなかったんだろうし、母親と同じ転生者のわたしに執着しちゃうのかもね。やっぱり、ハディスが向けてくれる気持ちと、オルフェンズのは似ているようで違ってる。


うんうん、と1人納得しつつ頷いていると、ごくりと唾を飲み込んだハディスが、思いきったように顔をあげると、真剣な面持ちでオルフェンズに向き合う。


「前世、男だった奴が女に転生するなんてことは有るのか?」

「何を馬鹿なことを。魂魄は、外見を引き継ぐ力は持ち合わせていませんから……――有り得るに決まっています」


 その台詞を聞いたときのハディスの表情ったら無かった。「エクリプス嬢との過度の接触は避けるように!」等と、訳のわからない事まで言い出してしまう混乱ぶりで、わたしは取り敢えず強引に背中を押して城での執務に向かわせた。お仕事、大事だからね!婚約した途端、仕事が疎かになったりしたら外聞が悪すぎるから。

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