第136話 学園に響く、魅了がいい仕事をする歌。
王立貴族学園は、久方振りに講義が再開され、貴族子女の賑やかな声が校舎内に響き渡っていた。
登校の馬車から降りるなり、級友の元気な顔を見付けて駆け寄り、喜び合う姿があちこらこちらで見受けられる。普段の学園の風景とはどこか違っているのは、未だ市街地での魔物出現が続いているからだ。学園に先んじて市井の商工活動が再開されているが、いつ何時そばに魔物が現れるか知れない緊張感は、心の奥底に恐怖となって纏わり付く。だからこそ、見知った友の元気な姿に安堵する。
しかし人々の不安感を他所に、巨大獅子出現前の「天の川」がまだ色濃く夜空に不気味な光の帯を顕していた頃と比較すれば、各段に魔物の被害は減っていた。ここひと月ほど、人的被害は0を数える日々が続いている。
国王と、この国の守護神たる神器の継承者によって、生成を使役した鉄壁の防御策が確立したからだ。
魔物が現れれば、たちどころに何処からともなく現れた生成トレントが人々を救う。この生成は、噂によれば高名な神官がその身を王国の為に捧げて「人の憐憫の情を持つ魔物」と化した尊い姿だとされている。彼を人たらしめるのは、神器の継承者の魔力らしい。その逸話に、人々は感銘を受け、尊き志に涙した。
この王国は、帝と女神の献身を離れ、ついに現在を生きる継承者たちによって守られることとなったのだ。民衆は変わらず女神「かぐや姫」を信仰しているが、月の彼女は堕ちて既にこの国の守りでは無くなっている。――とは言え、それを知るのは王族と一部の高位貴族、そして神器の継承者たちだけだ……。
「不安な顔で俯かないで ヒロインのあたしを見詰めてみてよ 明るい気持ちが湧いてくるんだからー!」
明るい歌声が学園の中庭に響き渡る。歌声を辿れば人垣に行き着き、その中央には恍惚の表情を浮かべた生徒たちの視線を一身に浴びて、両腕を大きく広げて歌うユリアン・レパードの姿があった。
その明るく力強い歌声は、文化体育発表会で3年生ながら主要キャストに選出されるだけあって、魅力的ではあった。けれど彼女の放つ魅了の力が、実際の歌声の求心力以上に注目を浴びるのに一役買っているのは言うまでもない。
イシケナルの魅了と比べれば、ほとんど色の見えないくらいのささやかな魔法だけれど、人垣を作る令息令嬢たちは、ユリアンから延びる薄紫の魔力のリボンに巻き付かれて、うっとりとした様子だ。
わたしの隣に立つヘリオスが、ユリアンに陶酔する学園生たちの様子にトラウマを刺激されたのか、げんなりと口角を下げる。
「皆さんっ!」
人垣に向けて一歩踏み出し、大きく声を張り上げて極上の令嬢スマイルを浮かべれば、わたしから桜色の欠片がふわりと溢れて、薄紫のリボンを断ち切ってゆくのが見える。
「早く講義室へお戻りになってくださいね。魔物の襲撃に不安を抱えながらも学び舎に足を運んだ皆さんは、学問への向上心溢れ、勇気ある素敵な方々です。皆さんのことは、わたしも全力でサポートしますから、安心して講義を受けてくださいね」
「「「「バンブリア生徒会長!!!」」」
わっと、人垣が崩れて令息令嬢が集まって来る。
「さ、未来を支える素晴らしい皆さんを先生方がお待ちですわ!一人一人凄い力を秘めた皆さんのことを、わたしは応援してますから」
「「「はいっ!!!」」」
溌剌とやる気に満ちた表情で立ち去る生徒達の後姿を見送っていると、ポツリと立ち尽くしているユリアンが、ふるふると両肩を震わせて「まーたーあーなーたーねぇぇぇ」と、低く唸るように呟く。
「歌で皆を元気付けるのはとっても良いと思うんだけど、どうして魅了まで使っちゃうのよ。講義に支障が出るのもいただけないわ?」
「うそっ!あたしの歌にかける、真面目さの賜物かと思ったんだけどぉ!?」
「魅了が良い仕事をしてたわ」
「くぅっ、歌には自信があったのに!」
ユリアンが、心底悔しそうにグッと唇を噛む。確かに上手いとは思うから、それはちゃんと伝えると、うってかわって嬉しそうに声を弾ませて思いを語り始めた。
「あたしねっ、歌劇のヒロインを演ってみて目覚めたのよ!1人に縛られるなんて、こんなキレイに生まれ変われたのに勿体無いもの。あたしはこの美声でもっともっと大勢を魅了して、跪かせるのよ!!」
女豹らしくギラリとした光を湛えた瞳で語り続けるユリアン。それは彼女らしくも、前向きで力強い、好ましくさえ思える言葉なんだけど……。
――何か変なこと言わなかった?
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