第135話 生まれ付いた宿命はともかく、根本ではただの小市民だと実感した。

 継承者って言うだけならまだ良いけど、女神を滅ぼす宿命を持った人間なんて、外聞が悪いにも程がある。


「ましてや我が家は客商売だから、経営者一族の中に女神の敵がいる……なんて事が知れ渡ったらなんて。ううっ、考えるだけでも頭が痛いわ。」

「今更でしょう?」


 誰にも相談できない苦悩で頭を抱えたはずなのに、呆れ返って、半目で「ふんっ」と強く鼻で息を吐くヘリオスから間髪入れず答えが返る。また、いつものように、うっかり言葉が零れてたらしい……くうっ。


「そんなところもセレらしくて良いんじゃない?全部引っくるめて、僕の愛するセレなんだから」


 手をとったままさらりと歯の浮くようなことを言うハディスは、いつものようにわたしの頭の天辺を大きな手の平で包み込んで、ポンポンと撫でる。

 優しい声音に、声の主を見上げれば、トロリとした視線に行き当たった。カッと顔に熱が上ったところで、すかさずヘリオスの落ち着いた声が割り込んで、わたしを冷静にさせる。


「僕は生まれてからずっと、お姉さまを普通だと思って、必死でその背中に食らい付いて、置いて行かれない様に自分を鍛え上げて来た自負があります。追い付けないまでも、引き離される事も無かったお姉さまが、人々の敵になるとんでもない存在だとしたら、付いて行けた僕だって、とんでもない存在になると思いませんか?だから、今更、です」


 決意を込めて姉への思い遣り発言をする弟が天使過ぎて、熱い思いが込み上げる。


「どうしよう……ヘリオスの姉想いが尊過ぎて涙が出そうだわ」


 はわわわ……と、涙目で天使な弟を抱き締めたい衝動にかられながら、両手をワキワキしだしたわたしに、今度はハディスが声を掛けてくる。「セレ」と、愛おしさの籠った呼び掛けに仰ぎ見れば、わたしを包み込むような熱を孕んだ視線に行き当たる。


「僕が付いてるから、セレが心配するような事は何もないよ。セレが女神の敵になるとすれば、益を求める君がそうするだけの意味があるに決まってるだろうし、信じてる。何より、普通の人には理解出来ないことを押し通すための継承者って肩書きだよ?まぁ先ずは、王弟って云う僕の立場を是非利用して欲しいけど」


 言葉の内容に、こちらはスゥッと熱が冷めた。今の言葉はそう、権力で白いものも黒と言わせる的なアレだ。ハディス……やっぱり高位貴族だけあって声音の選択も計算尽くなのね?と、ジットリとした視線を向ければ、苦笑が返ってくる。


「セレは、分かりやすすぎるくらい表現して、回りもしっかり固めないと、惚けちゃうからね。君を思う言葉に嘘はないよ。それに、逃がすと損だと思ってもらうために僕も必死だよ」


 しゅん、と下がった眉にキュンとする。

 うん、この人は飾らない方が可愛い。ってそうじゃなく!!



 それまで黙って成り行きを見ていたデウスエクス国王が「これは私の独り言だ」と、あらぬ方向を向いておもむろに呟く。


「歴史とは、残った者が都合よく書き換える事の出来る処世術の一つだよ。伝えるのが人である以上、勘違いや、解釈違いなんて往々にして起きるものだからね。ましてや書く者の立場によって善悪だって入れ替わってしまう。これまでも、これからも」


 国王が、綺麗な笑顔のままパチリ片目を閉じ、それがウインクだと気付くのに数秒……。何気ない一言だったけど、それは紛れもなく歴史を動かせる権力者や侵略者ならではの理論だ。その結論に心底戦いたわたしは、生まれ付いた宿命はともかく、根本ではただの小市民だと実感した。


 ――とにかく心配することは何もないって思っていいのかしら……


 ほっとしたのもつかの間


「お・ね・え・さ・ま?」


 天使が黒いものを背負って手招きをしていた。






 バンブリア邸に戻り、手早く入浴を済ませると時計は深夜0時の少し前だった。

 このあたりの時間配分は、ヘリオスの思惑通りだったのだろう。


 王城のバルコニーで、ヘリオスの手招きの後に繰り広げられたお小言タイムは、思いの外早く終了した。と云うのも、深夜まで執務に追われる両親に要らぬ心労を掛けないため、その帰宅前に平穏な状態を作り終えておくべきだとのヘリオスの意図があったからだ。まぁ、確かにそうなんだけど……両親だよ?わたしたちの育ての親だよ――――?


「あなた達、何をやらかしたのかしら?」


 母オウナが帰宅して、コートを執事に預けるなり、開口一番告げた言葉だった。


 只今深夜1時。いつもよりも若干遅く帰宅した父母を、何食わぬ顔で玄関ホールで出迎えたヘリオスとわたしだったけど、その行動も怪しかったらしい。母と一緒に帰宅した父テラスは、その隣で苦笑している。驚きもしていないところを見ると、両親ともに何かがあったことは察しているのだろう。思った通り子供ヘリオス以上の観察眼だった。くっ……さすが親の目は欺けないわね―――と観念したわたしは、ヘリオスと共に本日2度目の事の顛末の説明をしたのだった。勿論、ハディスからの婚約の申し出を受けた事も含めて。


「閣下からの連絡はあったけど、それでもあなた達の様子から色々と察する事は出来るんですからね?大体、深夜に姉弟揃って出迎えに顔を並べるなんておかしすぎるでしょう!?」

「そうだよ?私も好き勝手やってきた自分の事があるから、大抵のことは君達の思うままにさせてあげたいけど、それは確実な報連相あってのことだからね?君たちの責任は当主である私が全部負うんだから」


 母オウナに引き続き、父テラスの小言タッグが繰り広げられる。

 うぅ、報連相……分かってるつもりだったけど、結局うまくやったつもりでも迷惑を掛けてしまって反省だわ、とションボリ俯く。


「まぁ、けど……まずはおめでとう、セレネ」

「大物を捕まえたわね!」


 寂しそうな父の笑顔と、力強い母の眼光に、思わず笑ってしまった。


 わたしを逃がす気なんて無かったハディスは、王城に残って、わたしとヘリオスを見送った後、すぐに両親に連絡を入れたそうだ。両親は、急な話でわたしからの相談が無かったことについては仕方がないかと思っていたらしい。ところが、帰ってみればわたし達は何食わぬ顔で誤魔化そうとして、いつもに無い行動を取ったからこそ、釘を刺すことにしたのだそうだ……。


 ――お父様、お母様にはまだまだ頭が上がらないわ。それに、ハディスには、行動を見透かされた上に、退路も断たれてる気がするんだけどぉ……。わたしって最弱なんじゃないかなぁ


 と、しょんぼり溜息をついたところでヘリオスの胡乱な視線がこちらに向けられていることに気付いた。


「何を考えているかは大体察しが付きますが、絶対に勘違いだと思いますよ」


 何も言っていないはずなのに、素っ気なく返事を寄越したヘリオスに驚愕の視線を送りつつ、やっぱりわたしは最弱なんじゃないかなぁーと思うんだけど。

 とは言うものの、女神の敵よりも最弱の方がまだ良いんじゃない?とも思うのだった。

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