第133話 閑話 大石の行方2

 人々を脅かす魔物は倒しても倒しても切りが無かった。何故なら魔道具を駆使する恵まれた文明を誇るこの国では、魔力エネルギーの使用の結果排出される黒い魔力が無くなることはなかったから。魔道具の便利さに慣れた人々は、その文明の利器を手放すことが出来なかった。


 決断出来ない者達がまごまごしているうちに、黒い魔力と魔物は増え続け、動植物が魔物や魔獣に変容する事例が相次ぎ、ついには人間でも変容するものが現れてしまった。変容した人間は、魔物たちと同じく、動植物など生命体の持つ魔力を好んで欲する性質を持っていた。現れた人間はまだ幼子で1人きり。放っておけばその子供は周囲の生命力と魔力を喰らい尽くし、人の知恵を持って人間を苦しめる魔王となってしまうだろう。私たちはその子供を引き取り、私達の子として、人間らしく育てることにした。


 けれど、ここまで来てしまっては、じきに第二、第三の魔物化した人間が現れてしまう……。もう、どれだけの猶予もないと判断した私は、彼に黒い魔力を遠い場所へ棄てることを提案した。


「私の力をもってすれば造作もないことです。この子供の将来が明るく在るために、下らない見栄を張っている余裕はもうないはずです」

「君に危険は無いんだな?」

「今、私が持っている魔力で充分にその魔法は使えるから問題などあろうはずがありません。黒い魔力を月に送るだけの簡単な魔法ですから」


 いくつかの嘘を交えて、彼の決断を促した。

 ついた嘘は、清らかな魔力を持つ彼に隠していた私の本質に関わること。ひとつめは、黒い魔力は送るのではなく、私が取り込み、同化して持って行くこと。私が行くことによってこの身体に永年溜め続けた魔力が月の引力をも利用して、地上から黒い魔力を吸い込み続けるはずだ。ふたつめは、すぐに私の身に危険は無いけれど、この先ずっと黒い魔力を引き受け続ければ、必ず人の姿を完全に失う変容をしてしまうこと。あとは、嘘ではなく内緒で、使う魔法の中に、変容した私を滅ぼす事の出来る者を引き寄せる仕掛けを潜ませておくこと。


 首尾よく彼から承諾を得た私は、準備としてまず、前の私に力を貸してくれた貴公子たちの魂を呼び寄せ、預かっていた魔力をそれぞれへ返していった。中には生命力が弱くなりすぎて、物や私たちの子に同化させるしかなかった魂もあったけれど、殆どは彼の血族にうまく溶け込んだようだった。彼はいい顔をしなかったが、貴公子たちの意識はもう無く、ただの魔力塊でしかないのに不可解な反応だった。




 全ての下準備が整い、黒い魔力を引き連れて月へ昇る段になって、ついに嘘は、ばれてしまった。




「どうして俺を謀った!?俺を一人残して逝くのか、そんな薄情は許さないし、気まぐれに手を差し伸べたあの子供はどうする?在り様を捻じ曲げ、人と変じさせたあの子を放って逝くのか!?――いいや、させない!俺を謀った仕打ちは、生まれ変わっても忘れない!」


 彼が、そう恨みの声を上げるのが聞こえた。


『おぉぉぉぉ―――――――ぉぅぅん』


 既に人の言葉は離せなくなっていたから、咆哮で彼へ別れを告げた。


 月へ昇ったとしても、人でなくなった私は滅びることなく、愛する彼と子と、彼の護ろうとした人達を護り続けることが出来るから、そんなに悲しむことはないはずなのに―――

 私と彼との繋がりを絶てないように魔力で枷を掛けられたことに気付いた時にはもう、彼は一人で重大な決断をしてしまった後だった。


 私を追って月に向かおうとする黒い魔力が彼の身に集まるのが見えた。彼は、自分の物とは相反する魔力に苦しみながらも出来る限り浄化し、送り出し始めた。


 黒い魔力を受け入れ始めた彼は変容して石となりつつも、その役目を途切れさせることはなかった。

 浄化されたものが混じる魔力を受けることになった私は、完全な変容を免れて、黒い魔力の中で彼と同じく石と化して行った。



 私は彼とともに、無機物へと変じて永遠に生き続け、あの子供――オルフェンズと同じ時間に留まれるようになった。それはひどく悲しいことであるけれど、気持ちを失わないままで居られた事に安堵している私が居る。愛する人へ贖罪を続け、愛する気持ちを抱き続けて、私は来るべき破滅のときを待つことにしよう――――――――――……











「なんだ!?この一本だけ光っている竹は」


 ――何だか遠い昔に聞いた、懐かしい言葉が響いて来た。

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