第132話 閑話 大石の行方1

 飛び去る青龍を眺めながら、4体のトレントがザワザワと葉音を立てて寄り集まる。大切な紺色の魔力の持ち主のために、これから運ばなければならない大石を眺めつつ、今しがたの大騒ぎについてぽつりぽつりと言葉が交わされてゆく。


「恐ろしいネズミだったのぉぉ。あの小娘自身もネズミに化身して攻撃力を上げよって……怖や怖や。ネズミはこりごりだ」

「そう言えば!ネズミで思い出したが、この黒石、女神の御石とのことだったが、これが落ちた場所でネズミに関わる大事なことを誰ぞ見たのではなかったかぁ?」

「あぁ、見たぞ見たぞ。私が御石の落ちた場所に向かった最初、黒い魔力を僅かに食うておったら、どこからか緋色の細かいのがちょろちょろ纏わりついておったのぉ」

「居ただけだったかぁ?」

「夢中で食うておったからよく見てはおらんが、暫くして去って行ったわ」

「ならば良いか。緋色の細かいのは、あちこちに散っておるからなぁぁ。何処にいても不思議はない」

「あぁ、伝える程の事でもない――――」






 ※ ※ ※






 意識が深い沼の底から浮き上がり、永い悪夢からようやく覚醒するような―――

 ようやく自分を取り戻したような感覚がふいに訪れた。



 どろどろした重く冷たく苦しい塊が、全身から剥がれ落ちて行く。



 そうして私は僅かばかり覚醒した意識をゆっくりと巡らせる。永い永い間、纏い続けた塊は、私を生かす代りに在り様を根こそぎ変えてしまった。


 分かっていてやったことだから、後悔はない。ただちょっと、思い残したことが心に引っ掛かりを作って無に還る事が出来ないだけだ。


 これまでも、何回もの私は心の引っ掛かりを置き去りに、羽衣を纏うことで、全ての情を忘れて来たからその報いなのかもしれない。


 今、人の身で無くなって、ようやく記憶に留めることが許された寂しさ。初めて遺っている、愛する人たちと共に生きていられなくなった遣る瀬無さと悲しみ。


 その想いすら大切で愛おしい。


 けれどそれは私の中の話でしかない。気まぐれに拾い育てたあの子に残るのは ―――申し訳ない思いだけ。

 愛していると手を取ってくれたのに、騙すような真似をして、異形となって生き続ける選択をした私に


「俺を謀った仕打ちは、生まれ変わっても忘れない」


 と恨みの言葉を投げ付けて、自らも人の身を捨てたあの人にも想うのは ―――申し訳ない思いだけ。









 私は何度かの人生を終えてこの世界にやって来た。何度も様々な世に現れては、無理難題をこなす協力者を集めて、集まった供物に掛けられた情熱や想いを自身の力として魔力を高め、そして全ての情を忘れてその世を去るだけの存在だった。

 自分で終わらせる方法は分からないし、力が溜まれば自動的に神に至るだけの存在だと思っていた。



 ここで出会った彼は沢山の人を護るために、黒い魔力が作り出す魔物や魔獣と戦い続けていた。

 その姿は生命力に溢れて、彼の魂の輝きそのままのような黄金色に光る魔力を放ち、空虚な私の心を一層際立たせられた。


「望むなら力を貸しましょうか?」


 虚しさに耐えかねて自棄になりながらそう尋ねると、彼は一瞬も考えることなく首を横に振った。


「いくら大きな力があるからと言っても、心根の柔らかな女性に恐ろしい魔物と対峙させるのは、俺の矜持が許さない」


 と、きっぱりと断りを入れてきた。

 私の魔力の方がずっと大きかったのだけれど、断られたことで余計に執着心と嫉妬心が刺激されて、以降無理やり彼を助けるようになった。


 彼を助ける度に自分自身の強大な魔力を知覚した。その魔力は、これまでの何回もの私が協力者や心棒者から捧げられた供物と情熱、想いから得られたものだった。けれど、前生で出会った彼らが込めた想いを他人事のように冷めた感情を持ってしか思い起こせない己の人生に、絶望と空虚だけが膨らみ続けていた。


 魔力の大きさは、誰かからの稀有なる想いの賜物であるはずなのに、その受け取った想いの熱さを微塵も覚えていないのは、何と残酷なものだろう。


 命を燃やし尽くすほどの情熱で人々を護る彼に、力を貸そうと思ったのは―――


 誰よりも強い想いを込めて輝く彼に、自分には無いものを感じ、強く「誰にも渡したくない」と、そう思ったから。


 彼は、一度しか生きていない人間にしては大きな魔力を持っていた。彼の魔力は、黒い魔力を消し去る清廉潔白なもので、黒い魔力を取り込んで同化し変容、変質の糧とする私の魔力とは相反するもの。無い物ねだりで、彼の力が羨ましいからこその執着だったのかもしれない。

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