第131話 力尽く?わたしはしがない商会令嬢だし気のせいだと思う。うん。

 この森は、王都を挟んでカヒナシの丁度反対側に当たる中央に近い場所だとムルキャンは言っていた。月の忌子ムーンドロップをはじめとした魔物対策のため、王命によりフージュ王国各地へと配備された生成なまなりムルキャン・トレントは、今やこの王国中根付いていない場所はないのではないだろうか……。

 ちょっとばかり暴走壁はあるものの、人である部分が上手い具合にイシケナルに魅了され、更に今ではポリンドも心棒する対象に加わったようだから、安全性はアップして、心強い味方ではある。


 しかも、1人のムルキャンが黒い魔力で変容し、分裂、増殖したため、個々で動くけれども、意思は共有出来ており、やろうと思えば、各地のムルキャンを通して情報を集めることも出来るらしい。「らしい」と云うのはムルキャンが誰に対しても協力的なわけでもなければ、国王に対して忠誠を誓っているわけでもないので、彼の心棒する者や、ごく一部の者の話にしか耳を傾けない気質が障害となって、ネットワークとして確立出来ていないからだ。


 けど、わたしは初対面で遣り合った気安さからか、話だけは聞いてくれるらしい。力尽く?わたしはしがない商会令嬢だし気のせいだと思う。うん。


「ねぇ、ところでムルキャン。あなた最初に、わたし達以外にも何かが降って来たようなことを言ってたわよね?何が降って来たの?」


 去り際、気に掛かっていたことを尋ねると、思い掛けない答えが返って来た。


「あぁ、何刻か前に黒くて丸い大きな石くれが落ちて来たぞ。やたらでかい魔力を纏っておったから旨かったな」

「―――旨かった?」


 理解出来なさすぎて、わたしは思わずそのまま復唱した。

 きょとんとしたわたしを置き去りに、その場をうろついていた他3体の超巨大トレントもこちらへ寄って来て、口々につまみ食いの報告をしてくれる。


「ほっほっほぅ、絶品じゃ!その他にも、色んな味のする黒い魔力の塊が飛んできておったなぁぁ」

「獅子の砕けた欠片だったなぁ。あれも色々交じり合って旨かった」

「黒い魔力は新鮮なものもスッキリしているが、太古の物はやはり深い味わいがある」


 人外トークが炸裂していて、わたしの理解が全く追いつかない。


「お前たち……!まさか、あの獅子の飛び散った黒い魔力を全て食べたのか!?」


 王子がぎょっと目を剥いて、トレント達に声を掛けると、集まっていた4体全てが呆れたように首を横に振り、天を仰ぎ、または両腕と思われる大枝を空に向かって広げて、嘆かわしいとでも言うように頭部分を振る。


「まさかまさか、王子ともあろう人が何と云う浅慮。むっふぅ」

「とんでもないなぁぁ。嘆かわしや。欠片全ては大きすぎて一度には喰い切れぬ」

「我らがいかに優れた存在だとて、一度に取り込める量ではないそぉ」

「それに、四方八方へ飛んだからなぁ。まだ捕まえとらん分も有るなぁぁ」


 散々な言われ様に、感情を押し殺した綺麗な笑みを浮かべ始めた王子は、爆発寸前の閑尺玉みたいだ。このまま、ムルキャンに姦しく騒がせていてはまずい。


 ――仕方ないわね


「ムルキャン!寄ってたかってまだまだ小さい男の子を虐めるのは美しくないわ!そんな事をやっていてイシケナルに顔向け出来るの!?ポリンドだって、しっかり今の醜態を見てるわよ。」

「そうだねぇー。私の大切な甥っ子に何て事をしてくれるのかな?」


 わたしの言葉だけじゃあ、まだ余裕のあったムルキャン達だったけれど、続くポリンドの言葉で完全に表情を強張らせ、慌てて取り繕うべく動き始める。


 まずは、平身低頭と云った様子で謝罪を述べる者もいれば、何処か遠くを見て何事かぶつぶつ呟いている者も居る。そのトレントが「おぉ、あった!」と声を上げると、何処からかザワザワと云う草原の葉が擦れ合う不穏な音が響いて来る。


「ちょっと、あれ!」

「何ですか?」


 焦った様子で音のする方向を指さしたポリンドに促されて見遣ると、5畳分程の紫の絨毯が、地面すれすれをこちらに向かって突き進んでくる所だった。絨毯の上には大きな黒い塊が乗っている。


「まさか、私達にも食べろって言うんじゃあ……」

「貢物ですか?お慕いする貴方へ・なんて、ポリンド講師が『かぐや姫』になったみたいですねー」

「セレ?冗談でも僕以外の相手に『お慕いする』なんて言われると穏やかではいられないんだけど?」


 怯えるポリンドに軽口で返していると、背後から重苦しい圧が掛かってきた。怖くて振り返れない。


「え!?あの絨毯っ……もしかしなくてもトレントの幼木っ!」


 紫の絨毯が近付くと、ただの草ではなく暗灰色の幹を持ち、タコの足の様に幾つもに分岐した根をうぞうぞと動かして動く幼木トレントが密集した姿であることが分かった。何百と云う幼木の密集体が、揃って大石を運んでこちらに向かって来る。


 運ぶ姿が衝撃的過ぎて、本当に目の前に到着するまで、それが何かをよくよく見ることはしなかったけれど、改めて確認して気付いた。


「これ、獅子の中にあった『かぐや姫』の声のした大石だと思う」


 帝石と同じく、凹凸の無い滑らかな表面に、濡れたような光沢を放つ黒曜石がそこに乗っていた。石は、長手方向が成人の身長ほどの卵型で、まさしく獅子の体内で見たものだ。けれど、あの時聞いた声が響いて来ることはない。


 ムルキャンに確認すると、どうやら食べたのは石そのものではなく、石に纏わりついていた黒い魔力の方らしかった。だから、石そのものへのダメージは無いのだけれど、獅子の中で見た時のような言葉を発する生気のような物も感じられない。この場にいるハディス、ポリンド、アポロニウス王子の全員で確認しても、同様に生きた意思を見付けることは出来なかった。オルフェンズに声を聞かせたかったのに、それが叶わず残念だけれど。


 石は改めて取りに来ることを告げると、ムルキャンが王都まで届けてくれるとのことだったので、わたし達は彼に任せて今度こそ、王都への帰路に就いたのだった。

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