第130話 残念な気もするけれど、良かったとも思う。

「はい」


 迷うことなく、ストンと最後のピースが嵌まるように、それ以外無いだろう言葉が、再び、気付けば唇から零れていた。


「「ここで!?」」


 ポリンドとアポロニウス王子が、ショックを受けたようにカッと目を見開く。


「有り難う」


 蕩けるような笑顔で一言告げたハディスが立ち上がり、大きく両腕を開くのを、ぼんやりとしながら見詰めているうちに、気付けば温かな腕に包まれ、服の上からも分かるがっしりとした厚い胸板が目の前に迫って、背に回された両腕でギュッと抱き締められていた。


「王弟に王子、証人も申し分無いし、言質は取ったよ?」


 ぐっと抱きすくめられている後頭部の辺りから響いてきた言葉に、んん!?と引っ掛かりを感じて顔を上げようとしたところで―――


「だから――――!!熱い熱い熱いぃぃぃ!もう分かったからぁー!私が悪かったぁ、力の差は嫌ってほど分かったから、もうこんな真似はしないぃぃ!!だから良い雰囲気の片手間に我を裁くのは止めろぉぉぉ―――!」


 更にムルキャンの必死の叫びが響いて、わたしはようやく、この熱さに一役買っている存在の事を思い出した。声を出して指示しようにも、顔の前にくっついているハディスの胸が邪魔をしている。

 何とか声を出そうと大きく息を吸えば、嗅ぎ慣れたはずのハディスの涼やかなコロンの香りが、いつもよりも濃厚に漂ってきて、ドギマギが増して指示を出すどころではなくなりそうだ。


 ――ネズミさん!!もぉ充分だからぁ―――!撤退よ!撤退ぃぃぃ――!!


 これ以上嗅ぐと嗅覚でも確実にダメージを受けると察したわたしは、声を出さずに、心のなかで必死にネズミーズに指示を出す。すると、その思いが伝わったのか、ネズミーズの炎は弱まり、やがて、黒い焦げ後を残してムルキャンからチョロチョロと降り始めた。






「ほら、これは良いきっかけをくれた君へのご褒美だよ」


 ポリンドが大きな青龍を顕現させて私たちを乗せながら、ムルキャンの周囲をくるりと旋回させる。小ネズミ一同が頑張ってくれたおかげで、鳥籠はあっさりと解除されていた。青龍で飛び上がったわたし達は王城へ戻るところだ。ポリンドの癒しの魔法が発動すると、藍色の涼やかな光が焦げた樹皮を優しく包み、黒ずんだ場所を跡形もなく癒してしまった。


「ほぁぁぁっっ!?こぉっ……これはぁっっ!!」


 元通りとなった樹皮を、器用に体を曲げて見やったムルキャンが、感動にうち震えた声で叫ぶ。が何故か、両腕に当たる枝で浮かび上がった顔を覆い、苦悩するように呻き出してしまった。


「なんと優しく労りに満ちた力っ!!こんな感覚は初めてだぁぁ!!ぁぁあ、我にはイシケナル様がおられると云うのに、なんと浅ましい想いを、我は……!!いいや、女神のお力を継いだこのお方も、我が慕う我が君と等しく尊きお方!我が想いに一片の曇りはなし!貴方様のおられるこの国を私はこれからも護り続けますぞぉぉぉ――――!!」


 ムルキャンがポリンドにまで陥落してしまった。わたしとハディスの火の魔法じゃあ、身近な危機は回避できたけど、最後にちょろっと魔法を使ったポリンドには忠誠まで誓っちゃうとは……。美味しいところを全部搔っ攫われたみたいで、ちょっぴり複雑だ。

 ただ、これでムルキャンが王位簒奪を目論むことはもうないだろうと信じることは出来る。イシケナルやポリンドが、国王に背くとは思えないし。

 そして、あっさり気持ちにかたをつけたムルキャンが、羨ましくもある。


 ――わたしはハディスへの気持ちを自覚するまでに、随分かかっちゃった気がするから。


 来た時の様に、背後にアポロニウス王子を膝にのせて青龍に跨ったハディスを振り返ると、蕩ける様な笑顔を向けられて、また頬が熱くなった。


「叔父上――済まない」


 アポロニウス王子が居た堪れない様子で謝るのを、片手を挙げて制したハディスが「構わないよ」と微笑む。


「だって、セレが君を抱えるのは耐えられないし、王子が青龍に腹ばいで張り付いてるあいつの上に乗るもの問題しかないでしょ?」

「あぁ、そうだな……。感謝する」


 そんな遣り取りがあって、結局交際スタートとなったわたし達だったけれど、いきなり離れることになってしまったのだった。残念な気もするけれど、良かったとも思う。だって、しっかり意識してしまえば、0距離になる膝の上なんて、恥ずかしすぎて死ねる……。ちょっとづつの慣らし運転をお願いしたいわ。

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