第129話 生涯、法的拘束力のある伴侶として、受け入れてくれますか?

「分かった!!分かった、もうやらぬ!!やらぬからこの火をっ!火ネズミたちを止めてくれぇぇぇぇ!」


 幹の中央まで登り、ぐるりと囲ってネズミーズが発火している様子は、まるで赤い腹巻を付けているみたいで滑稽だ。けれど、太い幹の中央を焼かれたのでは、樹木としてのダメージは大きいらしく、甲高い悲鳴を上げて懇願してくる。


「もぉ!貴方が変なことを言い出すから、わたしまで変なとばっちりを受けちゃったじゃない!もぉもぉっ!」


 正面に見えるわたしの身長くらいの大きさがあるムルキャンの顔面を、恥ずかし紛れにべしべし叩く。ムルキャンも燃えているが、わたしの乙女の羞恥心にだって火が付いて、熱くて堪らない。


「分かった!!分かったから、許せ!こやつが充分に脅威なのは分かった!分かったから、ネズミをなんとかしろぉぉ!!」


 さらに涙目になったムルキャンが叫んでいるけど、確かにハディスへの想いは図星を得ていて、それだけに照れて取り乱したわたしの耳にはその内容が入って来ていなかった。


 だから


「セレ」


 ギャーギャー騒ぐムルキャンとは対照的に、優しく落ち着いた声音で呼ばれた名前が、すっと耳に染み込んだ。


「重荷でしかなかったこの力を、君が認め、受け入れてくれている。それが、どんなに僕を救ってくれているのか分かる?」


 声の主を見れば、下方で上がる火の手と同じく、炎のような鮮やかな赤い髪を吹き上がる熱気でふわりと揺らし、穏やかな表情でこちらを見詰めている。情熱的な髪色と、思慮深さを感じせる黒に近い深紅の瞳のアンバランスさが、危うげな魅力をはらんでいる。誰よりも強靭になれる魔法を持っているのに、どこか達観した様に自分を表に出さず、1歩引いて茶化すことによって自分を護ろうとする彼そのものの風貌だ。


 ――そんな稀有なことみたいに大切そうに言われるほど、大した事をしてる訳じゃないわ。


「分かんないわ。だってハディは本当に凄いだけだもの。抜けたところや、ズルいところ、子供っぽいところもあって目が離せないけど、わたしに出来ないことが出来るから、助けてもらえるところは助けてもらってるだけよ?」


 だから、素っ気ないほどつれなく、あっさりと答えた。


「分かってる。セレにとったら、迷うまでもない当然の事を、ただやっているだけだって」


 困った様に視線を緩めて笑みを浮かべるハディスは、垂れた目尻が更に下がってへにゃりと柔らかな表情になる。


「その当然が堪らなく嬉しい。だから、ずっと一緒に居て?」


 そんな風に思っているとは、考えてもみなかった。わたしの些細な行動が彼の救いになっていたなんて、思ってもみなかった。


 ――でも『ずっと一緒に居て』なんて


「曖昧すぎて分かんないわ。返事が出来ないじゃない。約束事は曖昧に済ませるべきじゃないでしょ?護衛と主人でも一緒なのは変わらないわ」


 言葉の意味なんてどうとでも取れるし、また悶々と考え続けるのも嫌だったから返事が出来なかった。顔から火が出そうに熱くなっているのを自覚しつつ、答えを読み取ろうとじっとハディスを見詰める。


「確かに」

「曖昧な契約は身を滅ぼす元にもなるもの。お母様の教えよ?」

「そうか、君のそう云うところは商会を取り仕切るご両親あってのものだったね」


 バンブリア一家の面影が浮かんだのか、ハディスがくすりと笑う。


「良い家族でしょ?」

「そうだね。ヘリオス君も含めて、互いを思いやる暖かで居心地の良い家族だ。」


「じゃあ、うちの家族になる?」


 するりと、言葉が唇から零れた。言ってから、狼狽える。だって、これじゃあ、このセリフじゃあ、まるでプロポーズだ!!わたしの顔は充分に赤いと自覚していたのに、更に上があったらしい。いや、上限突破したのかもしれない。頭のさきから蒸気が噴き出しそうだ。

 けど言ったものは仕方ない、と腹をくくって、努めて冷静な表情になる様に、令嬢教育で鍛えた表情筋を総動員してハディスと向き合う。

 思った通り、ポカンとした表情を浮かべたハディスは、くしゃりと顔を歪めて、なんだか泣き笑いな表情になった後、顔を隠すように自身の前髪を片手でかき上げる。


「参ったなぁ、あっさりと家族になんて言われると思ってもみなかったよー……」

「だ、だって、一緒だけじゃあどんな関係性なのか分からないでしょ?」


 恥ずかしくて仕方がないけれど、言ってしまったものは仕方ない。自分の始末はきっちり自分でつける!と内心で必死に繰り返しながら、震える足をその場に縫い付ける。


「じゃあ、改めて」


 顔を覆った手を除けたハディスは、落ち着いた表情を取り戻して、取り乱した自分との区切りをつけるように落ち着いた声音で短く告げる。けれど、微かに頬が染まっているのを目敏くとらえたわたしの心は、答えも聞いていないのに、先走ってふわふわと浮かれ出す。


 誰もが夢見るその瞬間を体現するように、ハディスがわたしの目の前ですっと跪いて、静かにこちらを見上げる。


「僕、ハディアベス・ミウシ・フージュを、生涯、法的拘束力のある伴侶として、受け入れてくれますか?まずは、婚約者から」

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