第128話 こんなに可愛いのに頼りになるネズミを侮ったことを後悔させちゃいましょー!

 わたしでも察するんだから、当然他の3人もその視線に気付いた様だ。ポリンドが上品にニッコリと微笑みながら、空々しく小首を傾げてムルキャンへ向き直る。


「ちょっと気になるんだけどぉ?どうして君はそんなに上機嫌なんだい?」

「随分面白い妄想をしているみたいだよね?僕たちを登場人物にして何を企んでいるのかな?」


 ハディスも綺麗な貴族の笑みを浮かべてポリンドに続く。

 王子とわたしは、揃って王弟達の纏う黒いオーラに引き攣った顔を見合わせる。けれども基本的に、自分と心棒するイシケナルしか眼中にないムルキャンは、そんなドロドロとした気配には気付いてもいないようで、更に言葉を連ねる。


「むっふぅ。王弟殿下と王子殿下が我が手中に在ると云うことは、次期玉座を我が君に捧げる好機を手に入れたと云う事ではないかぁ~!ほっほぅ!これを喜ばずして何とする!我がほんの少しこの手に力を入れるだけで、王家に連なる血筋である我が君のもとへ、玉座に就く好機が舞い込むのだぞ!?手の中のネズミはほんの少し我が力を入れるだけでペシャンコになるのだぁぁ」


 わたし達を持った手に力を入れたのだろう。檻がひしゃげて狭くなったり元に戻ったりを繰り返し、猫が獲物を甚振る様な、残忍な笑顔を浮かべたムルキャンの視線がわたし達に注がれる。


「ムルキャン……あんたねぇー」

「なんだ、小娘、命乞いか?」


 王弟達の醸し出す不穏な気配に微塵も気付いていないムルキャンの鈍感さに、呆れ果てて溜息をつきながら声を掛けるが、更に見当違いな答えが返って来る。昼間はさっさとわたし達を見捨てて逃げた上に、今度は自分勝手な妄想実現のため、わたしの大切な人を簡単に傷付けようとするその思考に、どんどんと腹が立って行く。


「ハディ、力を貸して。一度、きっちりカタを付けとくべきだと思うの」

「あぁ、どれだけでも」

「ネズミを馬鹿にする言動は見過ごしておけないわっ!緋ネズミさんたち―――!お仕事よっ!大きな狼煙を上げましょう」


 集まれ―――!と声を張り上げると、思った通り地上では至る所に緋色の小ネズミが潜んでいるようで、眼下に広がる森がどこかは分からないけれど、よく見知ったネズミーズが緋色の絨毯を敷いたかの様に大群を成して駆けて来る。


「んなっ!!」


 あっという間に全身、緋色ネズミに纏わりつかれたムルキャン・トレントが、驚愕を顔に張り付けたまま、小ネズミを振り払おうとして、枝を振り回し、幹を捩る。

 捕らえられたわたし達までグラグラして気持ち悪いのは計算外だった……。


「さぁ!ネズミーズ、久しぶりに火の力を使ってね!こんなに可愛いのに頼りになるネズミを侮ったことを後悔させちゃいましょー!」

『『『ぢぢぢぢぢぢぢぢ』』』


 緋色ネズミたちのやる気に満ちた雄叫びが響き渡った。視界の端に捉えたハディスの顔が赤く染まるけれど、同時に朱色に揺らめく現実の炎が燃え上がっているから、それが反射したのかもしれない。


「可愛いのに頼りになる。か」


 アポロニウス王子が、無表情だけれど口元だけ何かを堪える様にもごもごさせて呟く。


「可愛いのに頼りになる。だってぇー?あんたの魔力の化身って子猫ちゃんにはそう捉えられるみたいよぉ。」


 にやにや笑いのポリンドが、やっぱり顔を赤く染めているように見える仏頂面のハディスを肘で突く。青龍は小さくして体に巻き付けたみたいだ。


「何?何の話をしてるの?」


 何だか男子の悪ふざけを見ているみたいなんだけど、さっぱり意味が分からない。問いかけるけど、ハディスは「あぁいいんだ、それが」なんてへにゃりと柔らかい笑みを浮かべるから、可愛すぎて心臓が跳ねる。救いを求めて王子に視線を向けると「叔父上はこれすらも楽しんでいるのか?」などと信じられないモノを見る視線を向けて来る。


「無自覚なだけに装ってない言葉だからね」


 機嫌よさげなハディスに不安が増していると、アポロニウス王子がさらりと解説してくれた。


「魔力は持ち主の性質をそのまま表すからな。きっとバンブリア嬢から見た叔父上は、なんだろう」

「―――!!」


 恥ずかしさのあまり、叫び声を上げて逃げ出したいくらいなのに、残念ながらこの鳥籠に逃げ場はない。しかも当事者とその兄弟に甥までが揃った公開処刑状態は続く。言い訳も思い浮かばず、はくはくと口を開け閉めしても出るのは呼気だけ。ひゅぅっ、と息を吸うと、何故だか顔が熱くなるのと一緒にネズミーズの火力も上がったらしい。


 とろ火が一気に強火になって、焦ったムルキャン・トレントの「んなぁぁぁっ!!もののついでに攻撃力を上げるなぁ!」と云う声だけが大きく響いた。

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