第127話 嬉し恥ずかしな雪隠詰め状態
フリーフォールと化した青龍の背は風圧が激しく、動くことは勿論、言葉も上手く発せられない。わたしは大きく口を「あ」の形に開けて、落下しながら途切れ途切れに言葉を発する。
「あ」
「あ」
「あ」
:
:
:
:
「あ!」
凄まじい勢いで下方からとんでもない風圧を受け続ける。足元の青龍は力なくダラリと体をしならせて、「し」の字型でわたし達を背に乗せたまま下がるのを止めない。
――墜落する―――――!!!
「セレっ!!」
王子を膝に乗せたハディスが、青龍にしがみ付いて伏せているポリンドの上から全身を乗り出し、不安定な姿勢で髭を持って立つわたしをしっかりと抱え込んだ。
「ほっほっほぉ―――う?今宵は色んなものが降って来るなぁぁ?今度は毛玉か?」
不本意だけれど聞きなれてしまった声が、嘲りも顕に王弟や王子を含めたわたし達に言葉を掛けてくる。青龍に乗っていることから、相手が誰だか分っての口の利き方がこれなんだろう。全くもって不敬極まりない。
まぁ、イシケナル至上主義のこの相手ならそんなことに頓着はしないのは当然ね。と、妙な納得をしながらつい今し方の衝撃から、少しずつ回復し出した思考を巡らせ始めた。
ほんの数分前。
地上まであとわずか……というところで、ギリギリ復活した青龍だったけど、とんでもない高度からの落下の勢いは、即座に殺すことはできなかった。
そこで地面との衝突によるダメージを少しでも和らげるために魔力を纏ったんだけど……。
「叔父上っ、ひっ……一先ず離れましょう!」
王子のくぐもった声がする。
「分かってる、うん、分かってるんだけど、咄嗟の緊張が解けなくって、腕と手が強張っちゃって」
とんでもない馬鹿力でわたしの肩にギュウギュウと食い込んだのはハディスの膂力アップまでかかって離すまいとする、彼の指だ。ハディスは、青龍落下の衝撃から搭乗者全員を守ろうと、とにかく引き寄せて盾になろうとしてくれたらしい。いっぱいはみ出てるけど。
で、抱えきれないほどの人数を抱えるのに、とんでもなく力を込めて、尚且つ尋常でない緊張感に見舞われた結果――全員を抱え込んだまま動けなくなったらしい。
具体的にどんな格好になってるのかは分からないけど、とにかく何人もの息遣いが妙に近いし、自分よりずっと高い体温がくっついてるし、何なら誰かのちょっと速い鼓動まで感じられるほど密着密集した団子に、わたし達はなっている。
迫る地面。
眼下に迫る何処かの森の、一際高い木まであとわずか。
――ちょっとでもダメージを和らげなきゃ!!!
無我夢中でわたしは、魔力を力一杯展開した。
緋色ネズミのモフモフ着ぐるみパジャマのベースに、更にクッション性をプラスしたらどうなるか!?答えは、ムルキャン・トレントの言う通り、それは見事な毛玉が出来上がった。
けれど、ただの毛玉ではない。青年2人と少年、そしてわたしの4人を包み込んでしまう大きさだから、余裕で運動会の大玉転がしの玉くらいの大きさはある!勿論、前世の記憶だし、紅組の大玉だ。
そうしてすぐに――
もふっ
と、フカフカのベッドに飛び込んだような、柔らかな反発力が全身に掛かった。
落下する感覚が無くなっているから、どこかに無事降り立つことが出来たんだろう。そう思って魔力を解けば、木で出来た鳥籠の中だった。
「へ?」
「なっ……!何者かの手中に落ちたのか!?」
間の抜けた声を出してポカンとするわたしと、瞬時に状況を把握して鋭く周囲に視線を走らせる王子。
わたし達はどうやら超巨大トレントと同化したムルキャンの1体に受け止められたようだった。周囲を見渡せば、同じく禍々しい暗灰色の幹に紫色の葉と、ムルキャンの顔をつけた超巨大トレントが、他に3体ほどうろついている。手にあたる大枝でわたし達を受け止めて、指にあたる枝を長く伸ばしてわたし達を囲む鳥籠の様にしている。
いきなり檻に閉じ込められるのは文句を言いたいけれど、助けてくれたんだからひとまずは黙っているつもりだ。
「ぶはっ」
そして、そんなわたし達の対照的な様子に堪らず吹き出したハディス……。お陰で、全員をギュウギュウと抱え込んだまま力を抜けなくなっていた状態から、緊張が解けると同時に拘束もほどけた。
ようやく嬉し恥ずかしな雪隠詰め状態から解放されて、安堵の溜息を吐くわたしの耳にとんでもない言葉が飛び込んで来る。
「むっふふぅ、我が君に運が向いてきた~」
わたし達を囲った手を、幹の上方に浮かび上がった顔の前まで持ち上げたムルキャンが、鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌な声音で呟く。実際、舌なめずりでもしそうな、にやにやした笑みを浮かべて王子やハディス、ポリンドの3人を順に見ているから、悪いことを考えているのは確定だろう。
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