第121話 いっけ――――――!

 全身の筋力、体幹を駆使して地面以外の場所を蹴りつつ、獅子に向かってピョンピョンとジャンプを繰り返す。


「王子!」

「あぁ、弱化!」


 王子が魔力を使うタイミングに被らないよう声を掛け合い、筋力強化もチョコチョコ小刻みに使って、ただの跳躍では届かない、獅子の胴体に飛び込む。


『おぉぉぉぉ……―――――――ぉ……』


 内部を掻き回されて、獅子が苦痛に満ちた咆哮を上げる。その声の大きさに、一瞬気を削がれて足場にした屋根を踏み外しそうになると、オルフェンズがそっと背後から手を当てて落下を防いでくれる。


「お見事です、桜の君」

「だから無茶はしないでよっ、子猫ちゃん!!」


 落ちれば命が危ういけれど、跳ねるわたしに寄り添う形で跳躍するオルフェンズが側にいるし、ポリンドが青龍で近くを飛び回って、落下しないようフォローしてくれているから安心して、王子のサポートに徹していられる。


「お姉さま!ハディス様の斬擊が来ます!!そこを退いてください!!」


 見えないはずの獅子の背中側から、正確にこちらの位置を捉えているヘリオスの声が響く。

 間髪入れず近付いた青龍に、わたし達は飛び乗って、一気に上昇する。


 ヘリオスを背負ったまま、獅子のうなじに向けて長剣を振り上げたハディスが目に入った。


 全身を駆け巡り、なおも溢れる深紅の魔力は立ち昇る炎を思わせる。

 赤い髪は吹き上げる強風に煽られた様に、魔力と共に重力を無視して揺らめく。一瞬のために力を込める立ち姿は、力強くも端整で、わたしの目はその姿に釘付けになった。


「ハディ!!いっけ――――――!」


 無我夢中で声の限り叫ぶ。わたしの力よ届け――!と沸き上がる思いも込めて、支えたい姿をひたすら見詰めて声を張り上げる。キラキラ輝く桜吹雪がわたしの周囲を旋回して量を増し、ハディス向かって飛んで行く。


「んなっ!?」


 至近距離から、誰かの声が聞こえた。

 グラリと体勢の崩れて行くその人は、青龍の上では魔力を使えないから、わたしが膝に乗せていたんだと思い出した。


 身を乗り出してしまったわたしの膝からずり落ち、驚愕に目を見開いたアポロニウス王子と視線が交差する。


「王子!!」


 慌てて手を伸ばしたわたしは、何とか王子の腕を取る事が出来た。けれど、青龍の上に留まる事が出来ず、下方に見えるハディスに向かって王子諸共に落下して行く。


 落ちるというのに恐怖感は無かった。ただ、ハディスに近付いて行く。――ハディスの姿から目が離せない。紅色の力強い輝きを増した剣を振り上げ、放たれた一閃に目が惹き付けられる。


「敵わない……」


 感嘆を込めた呟きはアポロニウス王子のものだった。羨望と自嘲がこもった様なそんな声で、わたしは思わず掴んだ王子の腕を引いた。弾かれた様にこちらを見る王子に微笑んで見せる。


「出来ますよ!」


 弟と変わらない少年らしい面差しで、近親者を乗り越えられないと悩む王子にヘリオスの面影を重ねてしまったのかもしれないけど、咄嗟にわたしは応援していた。


 瞬く間に、真っ直ぐに突き立てられたハディスの剣が、深々と獅子に吸い込まれて行く。その切っ先を追って、わたしたちが落下し、更にアポロニウス王子が腕を伸ばす。


 手元のガードにあたる部分で獅子の体内への侵入を止めるはずの剣は、急に加えられた黄金色の魔力によって、そのままずぶずぶと持ち主ごと、獅子の体内に飲み込まれ始める。わたし達に気付いたハディスは、常ならぬ力を放ちだした切っ先へ視線を向けたまま、ニッと大きく口角を上げる。


「セレ!アポロニウス!一気にカタを付けるぞ!!」


 吹き上がる紅色の魔力が、桜色の欠片に彩られて、ハディスの手元に集中して行く。

 王子の黄金の魔力が獅子の体表に輝く跡を残して、ハディスの斬擊を追って更ダメージを与えて行く。

 2人みたいに確実に倒す力は持ってないから、わたしは応援に「強化よ宿れ!」と思いを込めて大きく息を吸う。


「いっけ――――――!」


 声の限り叫べば、身体からごっそりと元気が抜き取られたような感覚がした。



 ハディスが、アポロニウスが、獅子を穿つ手に力を込める。


 紅色と黄金、そして桜色の光の帯が入り乱れて、黒一色の獅子の体内に侵食し、双方の光がせめぎ合ってチカチカと明滅する。



 そしてついに―――





 視界が魔力の輝きに満たされ、白く何も映さない目映い光閃こうせんに占められる。


『おぉぉぉぉぉぉ――――――――――ぉぉぉぅぅん』





 悲鳴にも似たひときわ甲高い咆哮を響かせて、巨大獅子の身体は幾つもの黒い塊となって四方へ飛び散った。

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