第122話 強く優しい力で、護ってくれたあの人の様に、僕は なりたい。 ※ヘリオス視点

 ――魔力に色があるなんて


 お父様とお姉さまの言葉を聞くまで知ることはなかった。



 ――魔力だけで出来た「化身」と呼ばれる、生き物なら等しく持っているはずの魂を持たないモノが


 僕たちの暮らすすぐ傍に存在しているなんて考えたこともなかった。




 僕の目には、魔力は映らないし、化身と呼ばれる生き物だって見たことはない。


 魔力は漲れば体が熱くなって感覚として捉えられるもので、視覚じゃなく体性感覚で把握するものだと信じていた。

 お姉さまの頭の上に何か居ると言われて見えたことも無ければ、いつも手紙を運んで来ると云うの姿を見たこともない。ただ急に付近の物が焦げて文字を描き出す、不思議な魔法が行使されたと認識するだけだ。




 だから、空を覆ってしまうほど大きな有翼の獅子の姿を見た時は、魔物でも見た事のない、初めて見る異形に身体が震えた。その獅子も背中から大きな石を飛ばしてからは、急に輪郭がおぼつかなくなって、更に「お姉さまを見付けないと」と念じると、僕には黒い靄の様にしか見えなくなった。あの石の有無が、獅子が魔物に近い生命の入った存在か、魔力だけの存在であるかの境界だったんだと思う。


 貴族以外の一般市民は殆どの人も見えないのが普通だし、貴族だからと言って見えるわけじゃない。見えるのはごく一部の人達で、その大半は神殿や騎士団などに抱え込まれている。それについては、そう云うものだと思うし、空気がここにあるのと同じくらい何とも思わない。


 押し掛け護衛になったオルフェンズが言うには、お姉さまの魔力は桜色にキラキラ輝いて、とても美しいらしい。それが見えないことだけが、僕にとってはとても残念だった。




 空中に留まり、ナニかに向けて剣を振り下ろしたハディス様はやっぱり格好良かった。

 お姉さまや王子も何かをしていたみたいだけど、その瞬間は、何かミエナイチカラが働いた漠然とした感覚を受けたたくらいだった。


 それよりも、僕がハディス様の背で目を奪われたのは、王子達の居たバルコニーだ。


 さっき、あの場所に居たときは気付かなかったのに、ハディス様の突き出した剣を、王子のまっすぐ伸ばした腕を、お姉さまの叫びを捉えたあの瞬間―――





 バルコニーに立つ優しげな面立ちの光る男の人が、両腕をゆったりと広げ、こちらに向かって大きなものを抱擁するような仕草をするのが見えた。





 声は聞こえないけれど、彼の形の良い唇がゆっくりと言葉を紡ぐのが見える。


「許さないで 愛する人 愛する子」


 アポロニウス王子に似た男の人は、僕と目が合うと少しだけ驚いた顔をして、そしてふわりと微笑み、次の瞬間には視界が真っ白な閃光に包まれる。



 ――あの男の人は、僕には見えないはずの魔力の塊で間違いないだろう。それでも最期の命を燃やし尽くさんばかりに放たれた強い魔力と意志の力が、見えないはずの僕の眼に生命力溢れるものとして映り込んだのだろう。




 強力で清廉で潔白すぎる光の奔流に圧され、僅かな暗い色の霞が消えて行くのが見える。


 光に包まれる男の人が両腕で丸く抱え込んだ空間と同じように、強烈な光は丸く集束した様に見えた。


 光が収まった時、もうベランダにはその男の人の姿は無く、呆然と座り込んだ国王陛下と、宰相の2人の姿が残るだけになっていた。姿は見えなくなったけれど、最後に見た、あの力強く優しい笑みは僕の脳裏に刻み込まれて、お姉さまやハディス様達のとんでもない力よりも強く心に残ったんだ―――――




 強く優しい力で、護ってくれたあの人の様に、僕は なりたい。

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