第119話 悪徳商人も真っ青な強引さなのに、絆されちゃうのよね。
青龍の頭を覆う鬣が途切れたうなじの辺りに、小龍でぐるぐる巻きになって繋がっているのがポリンド。その背後に、すらりとした立ち姿でぴたりと留まっているのは、驚異の体幹の持ち主オルフェンズだ。
ポリンドは、へばりついた姿勢から僅かに顔をこちらに向け、オルフェンズは難なく身体ごとこちらを振り返っている。平常時と変わらない薄い笑みで不穏なことを呟いたきり、その説明は無い。両腕に抱え込んでいるヘリオスも怪訝な表情で、姉弟揃って顔を見合わせる。背後でハディスに背負われた王子が「似てる」なんて呟くのが聞こえたけど今はそれどころじゃない。
「時期尚早って……どう云うこと!?」
「桜の君のご活躍の場がまだ有ると云うことですよ」
恐る恐る尋ねたわたしに、物凄く良い笑顔で、最悪な予告が成される。
「どういうことです!?」
ぎょっと目を見開いたヘリオスが、息巻いてオルフェンズに突っかかる。
「成程、ならば私に異存は無い。存分に利用してくれ」
対照的に、アポロニウス王子はオルフェンズの言わんとすることが分かっているのか、落ち着いた表情で頷く。オルフェンズは物言いたげな視線をハディスに向けるとフンと鼻を鳴らしながら口を開く。
「まぁ、赤いのは何も言っていませんでしたが、思惑は知れていましたよ。だからこそ私もここへ付いてきているのですけれどね。ご自分で話してはどうです?お優しいだけの王弟殿下ではなく、利用できるものは利用して目的を果たす、権力者らしい顔を見せてはどうですか」
「勘の鋭い奴だな……」
苦々し気に顔を顰めたハディスは、わたしと目が合うと、どこか気まずそうに唇を噛んでから思い切った様に顔を上げた。
「セレ、ヘリオス。このまま僕たちは獅子に止めを刺しに向かおうと思う。セレの無茶と、ヘリオスの信念、そしてアポロニウス王子の能力で、並みの戦力では太刀打ちできないであろう獅子に、今の事で期せず一矢報いる方法が見付かった。これを逃すわけにはいかないから協力してもらうよ?」
窺うようにわたしの表情をじっと見詰めるハディスはどこか不安気だ。
「依頼でも、要望でもなく強請ですか」
呆れた風に冷たく答えるわたしにすぐに反応して顔を曇らせるのは、王族としてはどうかと思う。それに、わたしは全く不本意な事を従順に引き受ける貴族の見本の様なご令嬢じゃあ無い。利に聡い商会令嬢だ。そんな当たり前のことを忘れているの?との思いを込めて不敵に笑って見せると、ハディスは漸く何かを察して僅かに目を見開く。
「良いでしょう。しっかり恩を売りますから、倍返しを期待しますわね」
「僕も次期バンブリア商会当主として承ります。商人ですから口利き、便宜のほどを算段しての先行投資です。ゆめゆめお忘れなきよう」
「私が証人になりますよ」
わたしたち姉弟が権威に折れず、次々と条件付承諾の意を返すにしたがって、ハディスはポカンと拍子抜けした表情になって行き、止めのオルフェンズの一言でついに破顔した。
「なら頼んだよ。君達となら大丈夫だって信じてるから」
そう言うものの、青龍は脱出後すぐに獅子の周囲の旋回と上昇を始めている。逃してくれる気なんて無いくせに弱気を装って、最後には強引に思い通りに事を進めてしまうのだ。この無害そうな柔らかな笑みを持つ男は。
――ホントに質が悪いわ。悪徳商人も真っ青な強引さなのに、思い遣る心根の優しさが有るから、絆されちゃうのよね。
わたしの内心の苦笑に気付かずにハディスは言葉を続ける。
「獅子は、大石が飛び出した途端に動きが鈍くなった。今だって動いてはいるけど最初に国王達に飛び掛かった時とは比べようがないくらい動きに精彩を欠いている。簡単な足の上げ下ろしや、攻撃に対する本能的な忌避反応くらいで、大きな移動や反撃はして来ない。あの石が、獅子が動くための何らかの大きな役割を果たしていたとしか考えられない。だとしたら、それが無くなった今、叩くべきだ」
しっかり攻撃のお膳立ては進められていたわけだけど、ここからスタートとでも云うように改めての説明をするハディスに呆れた視線を向けてしまう。
「何より、王子は以前よりも格段に魔力の効果が増して、今や僕の助け無しに魔物を弱化で切り裂く程になっているし、ヘリオスも魔力の塊に対する規格外の能力を手に入れて、見えない魔力からの影響を殆ど遮断出来てしまう。セレは説明するまでもない」
「えぇぇ――……どんな風に見られているのか却って気になるわ」
ざっくりした評価にモヤモヤが沸き起こったって仕方ないと思う。まぁ、他の2人は滅茶苦茶気合が入ってるみたいだし、わたしだって協力するけどね!
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