第115話 お姉さま!お姉さま!!お姉さま!!!お願いします!これ以上、僕の胃を痛めないでください!家族の安寧を切に希望します―――――!!! ※ヘリオス視点

「お姉さま、どうかご無事でいてください!!!」


 こんな危険なものと対峙しているに違いないお姉さまの身を案じて、僕は必死に祈りつつ駆ける足を速める。


 獅子は、巨体を感じさせないしなやかな跳躍を見せ、頭上高くに位置するバルコニーへ両前足をバシンと叩き付けた。まるで何かを捕獲する動物そのものの動きだった。


 僕は、それを幾分か離れた下からじっと見上げつつ、お姉さまの位置を探る。


 ――獅子が何かをしている場所にいるはずだ!間違いない!!


 じっと目を凝らす。大きな獅子がいるけれど、こんなに禍々しい気配を放ちながら宙に浮かぶ巨体は、絶対に実在するものではいはずだ。魔力の見えないはずの僕に見えるのがおかしいし、そもそも、僕は、こんなものではなくお姉さまを見たい!!そう強く念じてじっと見詰める。


 ――お姉さま!お姉さま!!お姉さま!!!お願いします!これ以上、僕の胃を痛めないでください!家族の安寧を切に希望します―――――!!!


 強く願ったところで、目元の熱いものがすうと冷え、目元にとどまっていた僕のなけなしの魔力視の力が遮断されたのを感じた。


 見上げた王城の奥深くのバルコニー。月を背景に浮かぶ巨大な有翼の獅子の姿は、僕の願いを聞き入れてくれた女神のお陰か、その姿は半透明に見えるようになっている。


 ――居た!!!


 だから、その背に佇んでいるお姉さまと護衛たち、そして伏せるように張り付いているもう1人を見付けられた。

 僕の作った運動着に身を包んだお姉さまの凛々しさに、僕自身への称賛と、お姉さまへの賛美が沸き上がって思わずため息をついた、その瞬間――突如としてお姉さまは、獅子の背に飲み込まれる様に、その姿を消し去ってしまった。


「お姉さま!!」


 王城への不法侵入と云う、誰にも見つかるわけにはいかない状況なのにも拘らず、取り乱してしまった僕は、思わず大声を上げてしまう。

 けれど、その声に反応するものは誰1人として居ない。不審に思って周囲を見渡せば、衛兵や騎士とおぼしき制服の屈強な男たち、侍女のお仕着せを纏った女や文官風の出で立ちの者たちなど、王城に勤めるもの達は皆、関所の人間と同様に地面や床に倒れ伏している。


「何です……この嘆かわしい事態は!?」


 ――いや、それよりも今はお姉さまです!お姉さまが消えた位置は、獅子の背中。ならば食べられたわけではないはずですし、護衛の2人も揃っているんです!きっとすぐにお姉さまを助けてくれるはず……!


 そう期待して、獅子の背を見詰める。しかも、緊急時対応とはいえ、僕は今、一般貴族の入ることは許されない王城最深部の王族たちの生活区域に入り込んでしまっているはずだ。建物の堅牢さと、セキュリティの魔道具の多さからそう推測する。だから、余計に見付かるわけにはいかない。


 じっと息を凝らして様子を見詰める。


 ――大丈夫だ、きっとすぐにお姉さまを助け出してくれるはず!


 胸の前で両手を祈りの形に組み、じっと上空の様子を見守る。けれど、お姉さまが救出されないまま、何故か獅子の背から大石が飛び出していった。


 と同時に、獅子の姿が視界から消え去り、微かに黒い靄が残るのみとなった。その靄の中に、お姉さまの桜色の色彩がチラチラ見える。これならすぐに助けてもらえそうだと、安堵したにも拘らず3人は一向にお姉さまを助けに動こうとしない。相変わらず獅子の姿があった時と同じ場所に留まり続け、それよりも下方の中空に見えかくれするお姉さまには気付かない様子だ。


 ――あそこに見えているじゃないか!何やっているんだ!?大の男が3人も揃って……!!


 腹立たしさに、鋭い気配を投げ付けた。

 間髪入れず、さっきまで獅子が前肢をついていたバルコニーへ飛び乗る。


「これはどう云う事ですか!押し掛け護衛が2人も揃っておきながら!!守るべきお姉さまを化け物を前にして手放すとは護衛失格です!!!」


 上空の彼らに届けと、思い切り声を張り上げる。出来るだけ早くお姉さまを救い出したい思いが勝ち、見付からないようにと云う配慮と、人間が宙に浮かんでいる奇異への畏れはどこかに吹き飛んでいた。



 もう見えているだろうに、ハディスはきょろりと探す素振りを見せてから、ようやく僕に視線を留める。


「しかも何ですか、この警備は!僕がここに至るまで、誰一人として職務を全う出来る状態の者がいないとは、何と云う体たらくですか。アポロニウス王子や国王陛下をお守りする騎士たちが役を成していないのも、嘆かわしいどころか呆れるばかりです。この城は一体どうなっているのです!!」


 しかもバルコニーに登ってみれば、追い詰められたように寄せ集まって、そこに留まる国の重要人物3人の姿があった。

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