第114話 お姉さま!僕が到着するまで、出来るだけでいいから……何もしないでいてください!! ※ヘリオス視点

 関所は、王都防備の要とも言える場所だから、とりわけ優秀な人材が配属されている。その衛士達が次々に倒れ行く様は、異常以外の何物でもない。だから、市民たちが遠巻きにするばかりで救護にあたろうとしないのは仕方のない事なのかもしれないけれど、幾ら何でも怯え過ぎではないだろうか。


「もし?大丈夫ですか?」


 一先ず石の転がった先に居た衛士に声を掛けると、辺りが暗くなっているにも拘らず、そうと分かるほど顔色が悪い。意識も混濁しているのか、まっとうな言葉は返って来ずに、うめき声だけが発せられる。


「誰か!?話の出来る人はいないんですか!」


 関所内へ声を掛けるけれど、誰一人として声を発することができる状態の人間はここにはいない様で、微かに誰かが意思表示をしたのか、カタンと物を僅かに動かす音がする程度の反応しかない。

 外を見れば、少しづつ近付いて来ていた市民までもが、地面に膝をつきはじめていた。


 ――いったい何が起こっているんですか?!


 ギュッと眉間に力を入れ、眉を吊り上げて険しくなった表情で周囲を見渡せば、どうやら動ける人間の方が少ないらしい。


 ふと、頭上に影が差した気がした。日も暮れているというのに。

 さらに、僅かに動いていた人々が、上空を見詰めたまま一様に怯えた表情を見せ始める。

 遠くから悲鳴も聞こえてくる。


 恐る恐る、人々の視線をたどって見上げた先には、頭上を埋め尽くす奇っ怪な生き物が忽然と顕れていた。


「何で急にこんなものが現れるんだ!?」


 言ったところで、どこからも返事はない。

 巨大な生き物は、青白い体表に、重力を無視して炎の様に光りながら揺らめく鬣と尾を棚引かせて悠々と夜空を駆けて行く。

 真っすぐに向かう先は王城だ。


 ――騒ぎの中心にはお姉さまが居る!!


 確信めいた予感に突き動かされるように、僕の足は獅子の後を追い始める。

 倒れている人たちが気にならないとは言わないけれど、この異常事態の元凶は間違いなく頭上を行く化け物だ。魔物でもこんなモノは見た事も聞いた事もない。

 見たこともない生き物、遭遇したことのない異常事態――だから、これを何とかしないと王都は元に戻らないだろう。自分にどうこうできるとは思わないけど、化け物の行く先にいるであろうお姉さまならば、何かやってくれる気がする。


「お姉さま!僕が到着するまで、出来るだけでいいから……何もしないでいてください!!」


 後の混乱収集に思いを馳せて胃の痛い思いをしながら、向かう先にいるであろうお姉さまに届けとばかりに、1人叫んで王城へ向かう大路を走りに走る。

 けれど頭上の化け物の進行はずっと速くて、もう王城上空に達してしまっている。


 お陰で、遠景となった化け物の全容を把握出来る様にはなった。とんでもない巨大さで、恐ろしくも威厳に満ちた風貌は、どこか見覚えがある気がする。そして、向かう先の王城と、化け物を視界に捉えると、その正体にすぐに思い至った。


 押し掛け護衛であり、武力に秀でた頼れる継承者であり、どこか腹黒で執着質な王弟ハディス――彼の纏う「王家の紋章」を現実化したそのものの生き物――――


「有翼の獅子!?」


 けど、だとしたらこの禍々しさは可笑しいのではないか?王家を守護するからこそ、象徴とする紋章になっているのではないか?疑問がぐるぐると頭のなかを巡るけど答えは出ない。仕方がないからとにかく足を動かす。


「あぁもぉ!とんでもなく面倒な予感しかしない!!」


 お父様、お母様が帰宅するまで、あとどれだけ時間が残っているのだろう。既に月も出ている。夜半まで数時間。2人がこの混乱に巻き込まれたとしても、何らかの手段で僕達の安全を確認しようとするだろう。


 ――まずい……バレないように工作するための時間が少なすぎる!!


 混乱する気持ちを宥めるためにひたすら動かした脚は、いつも以上の速さを出し、あっと云う間に王城の側に辿り着いた。


 僕を止めようとするものは勿論、誰何する者さえ居なかった異常事態、お姉さまの身を案じる焦燥感、到底歯が立たなさそうな化け物を前にした恐怖とで、気持ちはぐちゃぐちゃのいっぱいいっぱいだ。立ち止まったら動けなくなる、そんなギリギリな状態だと思う。だからこそ僕はひたすら前へ進む。


『おぉぉぉぉ―――――――ぉぅぅん』


 突如として巨大獅子の咆哮が響き渡り、ざわりとした嫌な気配に襲われた僕は、慌ててその場から飛び退く。すると、直前まで僕が居たすぐ側の木が、紫色の葉に、暗灰色の幹と云う禍々しい色に変じる。


「何ですか!?これはっ……お姉さまはこんなモノと対峙しているんですか!?」


 嫌な魔力がすぐ側を通って行ったのには気付いたけれど、まさかそれがこんな異様な変化を齎す危険なものだとは思いもよらなかった。

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