第113話 君には一体どんな風に見えているんだ?! ハディス視点~ヘリオス視点

 なんだ?これは―――と、じっと目を凝らしていると、鋭い気配が投げつけられた。

 それは、自分だけにだったのではなく、隣のオルフェンズに対してもだったらしい。そんな命知らずな真似をするのは誰だと、殺気の主を探そうとしたところで、ここに居るはずのない少年の声が響いて来た。


「これはどう云う事ですか!押し掛け護衛が2人も揃っておきながら!!守るべきお姉さまを化け物を前にして手放すとは護衛失格です!!!」


 憤慨した様に眦を吊り上げて、獅子の前足の掛かったバルコニーの縁に立ちながらこちらを見上げる鋭い視線は、よく見知った少女と似ていながら全く異質。


「しかも何ですか、この警備は!僕がここに至るまで、誰一人として職務を全う出来る状態の者がいないとは、何と云う体たらくですか。アポロニウス王子や国王陛下をお守りする騎士たちが役を成していないのも、嘆かわしいどころか呆れるばかりです。この城は一体どうなっているのです!!」


 どうやら、自分がここへ到達出来た事自体にも怒っているようだ。生真面目な彼らしい、と思わず笑みがこぼれたのがまずかった。


「何を笑っているんですか!反省の色がありませんよ!!大の男3人が揃いも揃って」

「ごめんごめん……って、え?」


 ヘリオスのセリフに、引っ掛かりを感じて視線を巡らせる。


 ベランダの手摺の上に立ってこちらを見上げているヘリオス、自分の隣に立つオルフェンズ、そして獅子の背中のど真ん中に屈み込んでいるポセイリンド。

 自分とオルフェンズが見えているのは分かる。けれど、角度的にポセイリンドは獅子の身体の影になって見えないはずなのだ。


 ヘリオスは、まごつく僕に苛立ったのか、一足飛びに手摺の上を移動して獅子の手の掛かる位置に差し掛かり、重なった。熱いものに触れたように慌てて身を引いていたけれど、間違いなく今、ヘリオスは、獅子の手をすり抜けていた。


 さっき感じた獅子の変化と、今のヘリオスの反応に、ようやくここへ来て獅子の具体的な変化に思い当たる可能性が浮かんだ。だから、ハッキリさせなければならない。セレネを助け出すために。


「ヘリオス、君には一体どんな風に見えているんだ?!」


 助けたい気持ちが表に出すぎて、急く気持ちが抑えきれずに声に現れたからか、珊瑚色の髪の少年は険しくしていた目付きを丸くして、ポカンとした顔つきになった。







――― ヘリオスside ―――


 時間は少し遡る。




 誰の筆跡ともつかない書置きを寄越したお姉さまを探して、僕がバンブリア邸を出たのは、まだ日の高い昼を過ぎたばかりの時間だった。杳として知れないお姉さまの行方を闇雲に探すよりも、効率的な手段として、僕は王都の周囲をぐるりと巡った壁の、東西南北4箇所に設えられた関所を巡った。

 出入りする人達の中から、とんでもない出来事に遭遇した人がいないか探した方が、ずっと早く探し出せると思ったからだ。お姉さまは、型通りの剣技などは全く身に付けていないけれど、それ以外の身体機能と咄嗟の決断力は、騎士にも劣らないと僕は信じて疑わない。だから、そのお姉さまが苦戦する事態が起こっているとしたら、相当な出来事であるはずだ。下手をすれば軍隊も出ているかもしれない。そんな大騒ぎを関所が把握しないはずがない――そう判断した。


 けれど、伝承でしか聞いたことの無い魔物の大量発生スタンピードや、月の忌子ムーンドロップによる襲撃があちこちで起こっており、「これは」という騒ぎが幾つもありすぎて絞れないのは想定外だった。


 継承者をはじめとした騎士団、兵士や冒険者による活躍は、門を潜る殆どの人々の口から聞かれるほどだった。――けど、その中に少女が大立ち回りを演じた話は無かった。足取りの掴めないまま、空には天の川が掛かり始め、ぼんやりと輝く月までが顔を出し始めて、僕の気持ちは一層急いてささくれ立つ。


「お姉さまは一体何をやってるんだ?あの人が何かをやってこんなに何の話も出回っていないわけがないのに……。くそっ、こんなにも足取りを辿れないことがあるなんて」


 関所を次々に渡り歩きながら話を聞いて歩くけれど、これはと云う目撃情報は出ない。足跡を追えない苛立ち紛れに、偶然爪先に触れた小石を蹴った。


 転がった石は、てん・てん・てん……と道を転がり行き、誰かの手にあたってぴたりとその動きを止める。


「――え?手?」


 ハッと気付けば、石の先にあった手は、地面に倒れ伏している関所を護る兵士の物だった。急病か暴漢に遭ったか、とにかくどちらにせよ、そのままにしておくことは出来ない。慌てて人を呼ぼうと声を上げようとしたところで――ふと違和感を感じた。


 いや、違和感などではない。明らかにおかしな光景が目の前に広がっていた。


 衛士が、冒険者が……関所を通る人々が次々に膝をつき、地面に倒れ伏してゆく。敵襲か、魔物の襲撃か、流行り病かと不安げにこちらを見詰める市民たちは遠巻きに観察するばかりで近付いて来ようとはしない。

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