第116話 え?うそでしょ?嘘ですよね?まさか……。 ※ヘリオス視点

 登ったバルコニーには国王、王子、そして確か宰相だったか――その3人の姿があった。まずい!とは思ったけれど、それよりも困憊こんぱいしきった彼等を助けなければ、との思いも沸き上がって、その場から姿を隠す選択肢はすぐさま削除した。


 ――今は倒れて使い物にならない精鋭騎士よりも、動ける僕の方がましでしょうから。安心安全に商売をするためにも大切な要となる人達です。彼らを護って、あわよくば恩を売っておきたいところです。そしてお姉さまの関わる騒ぎを治めて、権力者である彼らに今回の事のお目こぼしも頂く……一石三鳥です!


 必死で算段する僕を見て、呑気にハディスが笑うから、苛々が増してきつめに睨んでしまった。この人はお姉さまが引き起こすどんな窮地の時でも、泰然と笑うことをする。どこか安堵させられる頼もしさを感じると同時に、必死な僕が人間的にとても小さなものだと思い知らされてしまう。だからささやかな自尊心を刺激されて余計に苛立ってしまう。


「何を笑っているんですか!反省の色がありませんよ!!大の男3人が揃いも揃って」

「ごめんごめん……って、え?」


 誤魔化すように張り上げた僕の声に、ハディスが困惑の言葉を返してきた。じっとこちらを観察する気配が伝わって来るけれど、ハディスが何を疑問に思っているのかなど僕にはわからない。ただ、すぐにお姉さま救出に動いてくれさえすればいい。だから、お姉さまの居る位置をなんとか伝えようと、ハディスに最も近い位置へバルコニーの手摺の上を伝って移動した。細いバルコニーの手摺ではあるけれど、この上の方が未だ宙に留まるハディスには近付けるから声は届きやすいだろうし、何よりお姉さまの素材収集に同行して辿る道と比べれば、平坦な道であるかのような容易さだ。


 だから油断したのだろうか?何もないと思っていた場所に、不意に痛みとも熱さともつかない違和感を感じて慌てて身を引いた。


 ――何だ?何かある?


 じっと目を凝らすと、そこにはお姉さまを隠しているのと同じ黒い靄がうっすらと漂っているのが分かった。


「ヘリオス……何ともないのか?」


 アポロニウス王子が驚愕に目を見開きながら、遠慮がちに声を掛けて来る。なぜそんなことを聞くのだろうと首を傾げる間もなく、今度は上空からハディスの声が響いて来た。


「ヘリオス、君には一体どんな風に見えているんだ?!」


 彼にしては珍しく焦ったような口調だけれど、王子だけでなく、ハディスまでが不可解なことを言い出した。僕には魔力視の力はない。だから、ハディスやお姉さまの側に居るらしい緋色のネズミを見たことも無ければ、いつかの黄色や紫色の魔力を見た事もない。見えないのが普通の僕に対して「どんな風に見えている」とは、一体何を言っているのだろうか?


 あまりに想像しないことを言われた僕は、気付けば、礼儀とか敬うことを忘れて呆気にとられた表情になってしまっていた。けれど、すぐにカッと頭に血が上って来る。こんな切羽詰まった状況で、何を間の抜けた危機感に欠ける事を言っているのだと、怒りが湧いてくる。だから、その思いをそのまま頭上にとどまったままの、現在進行形で護衛の仕事を放棄している男に伝えることに決めた。


「見えにくくはありますが、そこにお姉さまが見えます!どうして助けられないのか甚だ疑問ですし、お姉さまを助けない貴方が腹立たしいものに見えます!!」


 姉の桜色の姿が見え隠れする方向を指さして宣言する。きっとハディスは、また余裕の笑みを浮かべながら、僕には思いもつかない方法をとってお姉さまをヒーローの様に助けてしまうんだろう。そう考えると悔しくてたまらない。


「ヘリオス!!頼む、セレの居場所を正確に伝えてくれ!僕には見えないんだ!!」


 予想外の切羽詰まった声、想像もしていなかった言葉が帰って来て、今度こそ僕はぽっかりと口を開いた間の抜けた表情をしてしまった。


「え?うそでしょ?嘘ですよね?まさか……」


 信じられず、ふらふらと手摺の上に3歩進めば、バルコニーの上の3人が揃って息を吞む。確かにこの位置は、さっき嫌な感じがした場所だけれど、その感覚は随分弱くなっていて、立っていられないほどではなくなっている。お姉さまと共に行った魔物の跋扈する森深くや洞窟の方が酷かった……。僕たち姉弟が大丈夫だったもの、出来る事が、この場に居る高貴な人達に出来ない訳がない――そう思うのに、僕を見る彼らの表情はどんどん驚愕に彩られてゆく。


「ヘリオス、本当だ。私たちに君の姉上の姿は見えない。それに、今、君が立っているその場所へ立つことも出来ない。そこには獅子の足が在る。それどころか魔物の黒い魔力が強すぎて近付くことも出来ない」


 アポロニウス王子が混乱する僕に説明するけれど、とても信じられるものではなかった。

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