第103話 どちらかともつかない魔力
黄金に輝き、こちらに背を向けたままの男の姿は、ただ眩しく、体形や雰囲気から男性だと推測する以外その姿を窺い知ることは出来ない。
けど明らかなのは、それが生身の人間ではないということ。
何故なら、輝く男は足元がぼやけて、蹲る国王から生えるように伸び出ているから―――。
「もしかして帝なの!?」
掛けた声に輝く男は反応しないけれど、オルフェンズがわたしを助け起こしながら小さくため息をつく。
「そうなるでしょうね。あれは、国王の身体から帝の魔力だけが抜け出た状態です。あの光の形は――おそらく正面を向けば生前の父の姿をとっているのでしょう」
静かに語るオルフェンズは、けれどどこか不服そうに眉根を寄せている。
「こんな男など、護る必要は無いはずなのに。死んでも尚、懲りない人ですね。つくづく馬鹿がつくほどの御人好しだと呆れてしまいますよ」
「護るって……?あ!」
言いかけて気付いた。何故か急速に引いて行った吐き気と嫌悪感の理由は、きっと帝のお陰なんだと。
だとしたら、帝は一体何からわたしたちを護っていると言うのだろう?
今までの経験から、さっき襲われた強烈な吐き気と嫌悪感は他人の魔力の影響を受けている時だと云うことは分かっている。けれど、謀反と取られかねないにもかかわらず、国王の執務室を巻き込むほどの魔法を放つ人間が居るだろうか?
しかも今この城には、
「時期としては最悪な選択よ?そんな考えなしの相手だって云うのに、帝自らがわたしたちを助けなきゃって飛び出しちゃう、色んな意味でヤバい敵って一体何よ!?」
王城で嘔吐の危機に陥らせてくれた見ず知らずの敵に、苛立ちが表立ったのだと思う。我ながら令嬢らしくない文句じみた言葉が口を突いて出てしまったけれど、それを耳にしたのか、帝の後ろ姿がピクリと肩を揺らす。
「うぅ……」
掠れた声を上げるのは。帝ではなく、うっすらと目を開けたデウスエクス国王だ。
「父上!!」
「陛下!!」
アポロニウス王子と宰相が更に声を掛けて、国王の意識の覚醒を促そうとする。国王は、2人の呼びかけに応えたかのように徐々に覚醒度合いを増して虚ろな瞳に意識の光を取り戻し、ハッとした様子で帝へ視線を向けた。
「なりません!!
突然の国王の叫びに、寄り添う王子や間近に控える宰相、そしてわたしたちは何の反応も出来ず、ただ国王と、呼び掛けられた光る男の遣り取りを見守る。失われるかもしれない力と云うのは、帝が意思を取り戻しているために必要な、帝石に封じ込められていた彼の魔力の事だろう。
――それにしても何と対峙しちゃいけないって言ってるの?
その答えは、存外に早く出た。
輝く帝の背の向こうに見えていた満月が、生き物のようにぶるりぶるりと脈動する。
それから月は、ただでさえ弱々しげだった青白い輝きを夜空の黒に滲ませながら、2まわりほど小さな光の珠を吐き出した。
ぎょっとしながら、更にその不気味な天体ショーを見守り続けると、小さな光は本来の月のあるべき位置に留まり、残る朧な光は地表めがけて堕ちて行く。――恐らく、吐き出されたと見えたものこそが本来の月だ。
だとしたら、今まさに降ってこようとしているあの光は何なのだろう?
「月の光を分けたようなアレは、膨大な魔力……?」
「正解です」
信じられない……との思いを込めた呟きは、隣のオルフェンズにしっかりと拾われて「良くできました」の言葉と共に、綺麗な笑顔で肯定される。
「おい、銀の……。知っているなら答えろ。月に在る魔力なんて2つしかあり得ないんだ。女神のモノか、地上から送り込まれ続けたモノか。アレは、どっちだ?」
表情を強張らせたハディスの言葉を聞き付けた王子と宰相も、こちらに注目する。
「さあ?取り込んで自らのものとしてしまったモノを、どちらのものか判別せよと言われても、区別のしようは無いとしか答えられませんね」
鼻をならして口元を歪めるオルフェンズの、人を虚仮にした様な態度が癇に障ったのか、宰相が息巻いてこちらに近付いて来る。
「は?!取り込む?魔物を産み出す穢れた黒い魔力か、女神様の尊きお力のどちらかと聞いているのだぞ!?」
「待って、宰相。銀の語る言葉に覚えがある。確かに僕たちはどちらかともつかない魔力に、既に出逢っているし、利用さえしている……」
ハディスが片手を挙げて、オルフェンズに掴み掛からんばかりの宰相に静止の意を伝え、顎に拳を充てて思案する。
そして、ハディス同様にわたしにも、思い当たることがあった。
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