第102話 黄金に輝く男

 くっきり輝く光の帯となって上空を彩る天の川に対し、俊嶺から徐々にその姿を覗かせて昇り行く月は、すっかり満ちたまん丸い形をしているものの、どこか朧気だった。

 じっと目を凝らして見ても、いつもの青白い輝きもどこかくすんで弱々し気な満月は、そこに居るはずの女神『かぐや姫』の力の衰えを現すかのようだ。不吉の兆候である天の川の顕現と、地上を護る月の輝きの衰えに、気付いた者達はどこか不安な面持ちで夜空を見詰める。


 執務室から繋がるバルコニーで、月を眺めていた黒髪の男――デウスエクス・マキナ・フージュこと、今は帝――も、例外なくそれを見上げる視線は憂いたものだった。


「父上……いえ、失礼いたしました。帝様、月の忌子も消えたと報告がありましたが、何かまだ懸念材料が残っているのでしょうか?」


 遠慮がちに近付くアポロニウス王子に帝が苦笑する。

 ポリンドに連れられたわたしたち一行も、国王の執務室へ呼ばれてやって来たのだけれど、一足先に入室した王子が、バルコニーの国王に声を掛けるところだったので、戸口で待機中だ。


「なんだ?アポロン。お前の父としての記憶はしかと残っているんだ。今は帝である『俺』の意識が強いが、じきにデウスエクスに戻るんだから、父上か帝の呼び捨てで構わんぞ」

「いいえっ、そんな訳には参りません」


 頑固に言い募るアポロニウス王子も距離感を図りかねているんだろう。わたしの隣のオルフェンズもそうだけど、なんとも歯痒い親子関係が2つ出来上がってしまっている。


 帝は命を懸けてまで、このフージュ王国を護ったにも関わらず、永い年月を掛けてやっと出逢えた息子オルフェンズには偽物呼ばわりされ、もう1人の現世の息子にも余所余所しい反応を返されて距離を置かれる、何とも報われない状態に陥っている。救国の英雄の末路として、これはあんまりな状態なんじゃないだろうか……。


 ちらりと見上げたオルフェンズの表情も、やっぱり無表情のままで、何の感慨も浮かんではいない。つまり、ただの他人を見る目を向けている。


 誰かわたしに同意してくれる人はいないかしら?と周囲を見渡すけれど、この場にいる当事者親子以外は、ハディス、ポリンド、そして若干の距離を於いて宰相の3人。つまり揃いもそろって大人男子ばかりで、感動を素直に表現できる面子が欠けている。


「くっ……わたしが一肌脱ぐしか無いってことね」

「「え!?」」


 王弟2人がわたしの小さな呟きをしっかり聞き取って、勢いよくこちらに顔を向けるけど、その時にはもうわたしはバルコニーに向けて踏み出したところだった。


 けど、さすがに恐れ多すぎて王様に直に話しかけるのは無理だ。だから、アポロニウス王子に声を掛けようとして――――背後からわたしを追ってハディスとオルフェンズが近付く気配が伝わって来るのとほぼ同時に、その感覚はやって来た。


「うっ!?」


 突然、全身に纏わり付く猛烈な嫌悪感に襲われて、込み上げる吐き気を押さえようと口に手を当てる。けれど気持ち悪さはひどくなる一方で、立つ足にも力が入らなくなり、崩れ落ちるわたしを左右から支える腕が、床にぶつかる寸でのところで抱き留めてくれた。


「父上!!」


 ほっとする間も無く、アポロニウス王子の悲痛な声が響く。


 切羽詰まった状況なのだろうけど、わたし自身は何故か急速に引いて行く吐き気と嫌悪感に首を傾げる。今の嫌な感じは間違いなく他人の大きな魔力に巻き込まれた感覚だった。けどそれが、こんなに早く退いたことは今まで無かったから。


 ――魔力を使ったのとは、別の誰かが何かした?


「父上!!!」


 再び聞こえてきた強い声に、弾かれたように王子と帝の2人の立つバルコニーへ目を向ける。


 するとそこには全身から黄金の輝きを放ちながら、この場の人間たちを背に守るように、頭上に掲げた両腕を大きく左右に開いて月に対峙した男と、その足元に踞るデウスエクス王の姿があった。


「だれ……?」


 呆然と呟くわたしとは異なり、両脇の護衛と、そっと近付いてきたポリンドは『黄金に輝く男』の正体が分かっているのか、目の前の不思議な状況を、じっと動かず固唾を呑んで見守っている。


「父上!しっかりなさってください!!」

「陛下!!」


 蹲ったまま動かない国王のそばに、アポロニウス王子が膝をついて身を案じるように背をさすり、宰相が駆け寄って何度も声を掛ける。


 けれど国王は意識が未だはっきりしないのか、固く目をつむったまま微動だにしない。

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