第101話 嬉しいに決まってるけど、こんな話の流れで言われても何も反応できないじゃない!

 秋は日の落ちるのが早い。

 いつの間にか空にはすっかり夜の帳が下りて、天空を流れる大河と見紛うばかりの天の川が、キラキラと輝く欠片を帯の様に連ねる姿を現していた。


「いけない!早く帰らなきゃ、家の人達に黙って出たのがばれちゃう!!」

「は?」


 浴室を借りた客間から、ポリンドに連れられての移動中、長い渡り廊下の窓から見える景色に思わず悲鳴をあげるように叫んだわたしに、ハディスがきょとんと目を見開いて間の抜けた声を上げる。

 ポリンドを先頭に後ろに連なって進んでいるわたし達は、相変わらずわたしを中心に左側にハディス、右側にオルフェンズが並ぶ凸凹渓谷が形成されている。王城の廊下は広いから、すれ違う人がいても邪魔にはならないかもしれないけれど恥ずかしいことには変わりない。


 オルフェンズは、ハディスにわざわざ勿体ぶった目配せをしつつ、ゆっくりと口を開く。


「朝日の昇らぬうちに物音も立てず、お1人でひっそりとお出掛けの様でしたので、私はそっとお供をして来ただけです。今日1日の桜の君の行動を間近でつぶさに拝見させていただいておりましたよ。桜の君の眩き力の奔流が景色を輝かしく彩り、愚鈍で矮小なる輩の持ちたる石の如く尠少せんしょうな魔力にも意味を持たせる慈悲深きお力……――その顕現の場に居合わせる光栄に浴する、この上ない僥倖に恵まれました。もちろん屋敷を抜け出すにあたって誰かに気取られるような下手はうっておりません」


 オルフェンズの賛辞に魂を飛ばしそうになっているわたしの隣で、ハディスがヒュゥと息を飲むのが聞こえる。


「……ということはつまり、勝手に出て来て何の連絡もせずに今、僕と一緒に居るってこと!?」


 愕然とした呟きの意味に考えが及ばず、わたしが小首を傾げると、ちらりと視線の合ったハディスは何故か気まずそうな表情で―――


「それはまずいよぉ……。婚約もしていないご令嬢を勝手に連れ出して丸一日一緒に過ごした挙句、夜になってから返すなんて、セレのご両親から何て思われるんだよ!?」

「へ」


 間の抜けた声を上げたわたしは悪くないと思う。だってハディスは途中から持ち場を離れて駆け付けてくれただけで、連れ出した事実なんてない。


「そうだよね。青龍に乗って辺境から一気に移動する事なんて、今まで私たちだって出来なかったし、辺境むこうで一緒に戦ってた騎士達はあと何日も於かないと王都には帰って来られないから証言も得られないだろうしね。今の状況だけ見たらそんな判断にしかならないねぇ」


 ポリンドが「あちゃー」とおでこに手を当てて、艶やかな藍色の前髪をかき上げる。まさか助けられてホッとしていたところに、助けた人が居る事によって起こる問題が有るなんて思ってもみなかった。


 ――えぇぇ!?それってまずいわ!折角ハディスを想ってるって気付いたところで、わたしの希望との折り合いだけじゃなくって、状況の悪さを払拭する方法も追加で考えなきゃいけなくなったってこと!?難しくなってるじゃない!


「そこは王弟権限でなんとか誤解を解くような事は出来ないんですか!?」

「はぁ!?僕を屑にしたいわけ?出来ないとは言わないよ?黒いものも白って言わせるのは簡単だけど僕としてはそんなことはしたくないんだけどぉー?」

「それは無しでお願いしますっ!!」


 思わず、責任のないはずのハディスに詰め寄ってしまう。もちろんハディスは狼狽えるけど、詐称させるのが簡単だなどととんでもない発言が出て、慌てて要求は撤回した。こんな状況でも、権威のある人に八つ当たりは駄目だと思い知らされたわたしは、がっくりと項垂れる。


「妙なところでこだわりますね、この赤いのは。使えるものを使って何が悪いのでしょう?それが桜の君のためならば迷うことなど微塵も無いはずですが?赤いのは存外に小心なのですね」

「誠実だと言って!?セレやバンブリアの皆には真っすぐに向き合いたいから!打算とか欺瞞じゃなくって信じて認めて欲しいだけだよ」

「ふぁっ!?」


 とんでもない被弾にわたしは胸を押さえる。


 ――なんなの!?なんでそんな流れ弾が飛んで来るの!?嬉しいに決まってるけど、こんな話の流れで言われても何も反応できないじゃない、もぉぉぉ!


 恥ずかしさと嬉しさで身悶えるわたしをちらりと横目で見遣って「ちっ」と舌打ちしたオルフェンズは、わたしの肩に腕を回してハディスから遠ざける様に引き寄せる。けれどそれに気付いた頭上の大ネズミがピリリと警戒した気配を発して、どこからともなく現れた緋色の小ネズミたちがオルフェンズ目掛けてぴょんぴょんと飛び掛かり、すり抜け、纏わり付く。


「なにこの緊張感のない集団……子猫ちゃんに懐くネズミ達って……くくっ」


 無責任なポリンドの笑いが、更にこの場の緊張感を奪ったのだった。

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