第95話 我々は神ではない。
広いホールにエンタシスの柱が等間隔に設えられ、踏み入った者たちは正面の一際高い位置に作られた玉座の荘厳さに自然と気が引き締まり、威圧感を受ける造りの謁見の間。
ベヒモスとワイバーンと云う伝説級の魔物との連戦を終えたわたしと、オルフェ、そしてその場に駆け付けてくれたハディスとポリンドの4人は国王に会う為、背後に居並ぶ騎士や国の重鎮達と共に、この物々しい報告会の場に立つことになってしまった。
「魔法薬を作っていたら急に呼び出されたんだけど……小娘、おまえまた何かやらかしたのかい?」
胡乱な視線を送って来る黄髪の長身美丈夫ミワロマイレ・アッキーノ大神殿主も、突然の招集に戸惑っているみたいだ。
「この召集は、私の
イシケナル・ミーノマロ公爵が、呆れたように紫髪をかき上げて溜息を吐く。
イシケナルは領地に居て、広大なシンリ砦の森にスタンピードの如く溢れ出した魔物の平定に当たっていた。けれど、わたし達が感じた『ある感覚』を確かめるために彼の地に立ち寄り、安全確認完了と共に青龍に乗せてご同行願った―――なんて強引な真似をしたから、文句が出るのは仕方ないかも……。
「けどわたしたちのお陰で、樹海の魔物と黒い魔力が殆ど無くなってることが分かって、余計な警戒を続けなくて済んだんだから、結果良かったですよね?」
「確認できたのは私の青龍に乗れたからだと云うことをちゃんと覚えておくんだよ?子猫ちゃん」
ポリンドが主張するのは、領地3個分程に及ぶ大樹海に溜まる黒い魔力と魔物の有無を、青龍に乗って確認したその作業の事だ。足を運んで調べたのではどれだけの日数が掛かるか分からない膨大な調査が、青龍の高速短時間飛行と継承者の魔力を見分ける目をもって、あっという間に完了させること出来た。わたし達の感じた『ある感覚』と云うのが王国内の黒い魔力と強力な魔物の気配の消滅だった。
ワイバーンとの2連戦目を終えたわたし達は、ふいにそう感じたのだから仕方ない。空気の重さが急に無くなった様な、奇妙な感覚を覚えて、何となく『黒い魔力と強力な魔物の気配が無い』と直感的に理解したのだ。わたし、ハディス、オルフェンズ、ポリンドが揃ってそのおかしな感覚に襲われたから、確認の為、スタンピード制圧のために領地から動けないでいたミーノマロ公爵の所に寄り道をしてみたのだった。
「では王国内にもう魔物が発現する恐れはないと云う事か?」
急な謁見の話を聞いて駆け付けてくれたのであろうアポロニウス王子が、騎士たちが道を開ける中、こちらに向けて真っすぐに進んで来る。
「完全な無じゃないからね、魔物の出現自体がが無くなる訳じゃないよ。けど『天の川』出現以降の頻出状態は無くなったと考えて良いだろうね」
ポリンドの言葉を聞いて「そうか……」と残念そうに顔を曇らせる王子に、思わず声を掛ける。
「光や熱の様に生活に欠かせない魔道具を使っても黒い魔力は発生しますから、それが溜まれば動植物が取り込んで魔物は発生するでしょう。けど、魔物は害獣と同じく常に王国内に存在し続け、害もあれば利になる素材も提供してくれるモノですから、全くいらないものと考えるのは極論だと思いますよ」
この運動着の素材だって魔物素材だもの。無いと困るわ。
野山の動物たちとの関わりと同じく、共存共栄の考えが必要なんじゃないかな。
「私達もそう考えたんだよ」
思わぬところから響いた声にギョッとして、視線をその発生場所へ向けるべく顔を上げる。
すると、謁見の間の最上段――つまり玉座の傍に現れた男が、眼下に集う面々に向けて満面の笑みを浮かべていた。
「魔物を滅ぼす力でなく、魔力を削る術式を加えて、強い力を持つ者がこの地を護るために扱える道具を残したのは……消し滅ぼす為でなく、共存の余地を残した救済のためだ。我々は神ではないし、そもそも種を絶滅させるほどの強すぎる力は別の害をもたらすだろうと……神楽耶が言っていたよ。懐かしいな」
何かを思い出すかのように、感傷を感じさせる寂し気な表情を浮かべて僅かな間目を瞑ったデウスエクス王は、すぐに切り替えてまた溌溂とした笑顔をこちらに向けて来る。
気さくな様子だけれど、上座から降りて来る目の前の人はこの国の至高の存在である国王であり、伝説の存在である帝だ。わたし達は慌ててその場に並び、敬意を示して頭を下げた。
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