第94話 きっと大丈夫。

 悉くが唯一の美しい魔力を持つ、継承者たち三者三様の力の顕現にわたしを始めとした周囲の兵士たちが息を飲み、動きを止めて魅入る。


「凄い……!これがかぐや姫の神器、継承者の魔力……―――!なんて綺麗で力強い……」


 見惚れるわたしの耳に煩わしい羽音が強引に入り込み、こちらに向かってくる確かな風圧が、肌に叩き付ける。


『ギャギャギャギャォォォ―――ス!!!』


 宝石の様に美しい魔力目掛けて、餓えた月の忌子ワイバーンが牙を剥き出しにした真っ赤な口を開いて、真っ直ぐにこちらに向かってくる。

 動揺する兵士達とは対照的に、彼らは怯む素振りすら見せずに迎撃の姿勢を崩さない。


 継承者の魔力の輝きも顕わに、月の忌子ムーンドロップと対峙する凛とした姿をじっと見詰めつつ、祈る様に両手を胸の前に組む。


 不安が無い訳じゃない。けどそれは、圧倒的な敵を前にした怯えじゃなくて、気持ちの中で理屈抜きに頼りにするくらいには信頼している彼らの、身の安全を思っての不安だ。傷付きそうな時、助けが必要な時に、ドジを踏まずに的確に手を貸せるかどうかの、不安だけ―――――。


「信じています!みんなの力を。だから疑わないで全力を尽くしてください!わたしはみんなを信じているし、頼りにしてるから……だからわたしの力を使って、成果を返してください!!タダじゃないですよ!先行投資なので、倍返しを期待してます!!!」


 気合を入れて叫ぶと、煌めく桜色が桜吹雪のように激しく周囲に乱れ飛び、ハディスに、オルフェンズに、ポリンドに纏わりついてそれぞれの魔力に溶け込んで行く。


「桜の君のお心遣い、感謝いたします」

「僕が欲しいのはそんな言葉じゃないんだけどなぁー」

「怖っ!月の忌子ムーンドロップ討伐の倍って何よ!?」


 返って来た、気負わない3人らしい反応に安堵する。


 間近に迫るワイバーンの赤い口を背景に、怯む気配が微塵も見えない3人の背中を、どこか凪いだ気持ちで見詰める。


 ―――きっと大丈夫。


 ワイバーンの牙が届く直前、ハディスが長剣を大きく振り上げ、オルフェンズが赤い口内目掛けて軽やかに地面を蹴って姿を隠す。

 ポリンドによって怪我を癒された兵士たちが、継承者2人に続いて攻撃を仕掛けようと駆け出して――次の瞬間、ハディスの剣がワイバーンの眉間を捉える。深紅の輝きを纏った腕に一層力を込めて突き出した切っ先が捉えた骨を断って尚沈み、深々とつばまでえぐり混む。

 大きく目を剥いたワイバーンが、更に苦悶の声を上げたかと思うと、その喉の中程から肉を割ってずぶりと白い手が突き出て来る。爬虫類に似た漆黒の表皮が更に大きく引き裂かれて鮮血が飛び散り、その裂け目を広げる様に、赤く脈打つ肉を掻き分けたオルフェンズが銀髪を朱に染め上げて、ずるりと身を引き出す。


 伝説の魔物と言えども、ここまでのダメージを与えれば事切れるのは時間の問題だろう。けれど、周囲から勢い付いてワイバーン目掛けて寄せる兵士のうち、この一瞬に起こった信じられない攻撃を捉える事の出来た者は、そう多くは無かった。


 ワイバーンが継承者たちの攻撃に瀕死のダメージを受けて最期の一息を吐き出すその瞬間、更に押し寄せた兵士達によって充分すぎる止めを刺され、その場に崩れ落ちる。


「「「「ぅおぉぉぉぉ――――――――!!!!!!」」」」


 兵士達の勝鬨の声が響き渡り、この町での月の忌子との攻防の幕が閉じたことを、離れた場所で息を潜めていた住人達に知らせたのだった。





 王城には、各地から寄せられる月の忌子と見られる魔物討伐成功の報が続々と集まって来ていた。


 報告される功績の多くは、紫の魔力の継承者であるイシケナル・ミーノマロ公爵の使役する生成なまなりによるものと、いち速く魔物の発生場所に駆け付けられた騎士達による働きによるものが占めていたが、それぞれの地に根差した兵士や戦闘冒険者等の働きがあったことも勿論書き添えられていた。


 今回の魔物の発生は、大きく分けて2つの要因からなっていた。1つ目は、月から零れ落ちた強力な魔物単体によるもの。そして2つ目は、以前から地上に出来ていた黒い魔力溜まりの影響を受けて、魔物化した地上の在来種による予測可能なもの。後者による被害は、王城からの的確な発生予測場所の通達と、戦闘に効果的な魔道具支給、及び生成なまなりの派遣、更には要所に派兵された騎士団という的確な対応策が整えられて大きな被害を出さずに済んだ。


 これは、黒い魔力溜まりを先もって知ることが出来た誰かによる功績が大きかった。

 当初、王弟ポセイリンドを通して王国議会へ提出された『黒い魔力溜まりの場所』を示唆する、いかにも学生然とした『レポート』に表立って・陰で秘かに反発する者は多く居た。けれど、同じく王弟ハディアベスの指示により第一騎士団が、レポートで示された場所の現地調査を行い、確証が得られると、レポートの作成者が王族たちが目を掛ける継承者候補だったことも相まって、一気に公式資料として採用されることとなり、今回の成果に結びついたのだが……。



 そんな事実、ただの商会令嬢と信じて疑わない当人は、全く知る由もない話なのだった―――――。

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