第96話 とてもじゃないけど彼を負かしてなんかいない。……どちらかと言えばこれは共倒れよ。
「それにしても、天の川が出現するに至った状況から、魔物達を抑え込むとは驚いたぞ。お前たち、よくやったな!オル、男前が増してるぞ!!」
国王に顔に張り付いた血塗れの髪を、手ずから耳横へと掛けられたオルフェンズが「ちっ、紛い物の分際で」と呟きながら、あからさまに眉を寄せる。この場へ来る前に着替えを勧めたんだけど、オルフェンズは「億劫な謁見などの為に何もする気はありません。さっさと済ませましょう」と、そのままの状態で来る事を頑として譲らなかった。
なので、今の彼はワイバーンの血塗れで、きれいな銀糸の様な髪は赤黒く染まって、べったりと顔や身体に張り付いている。ちょっと見には惨劇直後の様相よ。
「いや、相手がお父さんにしても、その態度!?」
「魔力が微かに父の記憶を与えて、その男を動かしているだけです。似せただけの別物を偽物と言って何が悪いのでしょう?」
オルフェンズは、王国から月へと黒い魔力を排出する魔術の礎となった『帝』を父とした過去がある。その父親に、この国の国王が行って来た
建国から1000年余りの長きに亘って、代々の国王が「王国の魔物被害を減らすため」と信じて行ってきた帝石への魔力の供給が、実は何の効力も持たなくて、他人の魔力を注がれた帝を苦しめる事にしかなっていなかったなんて、誰が想像できたって言うのよ!?
だから、目の前にいるハディスのお兄さん、ことデウスエクス・マキナ・フージュ国王に、友好的な態度が取れないのも強くは責められないんだけど―――
「でも、お父さま悲しそうよ?」
隣に立つオルフェンズの耳に……全然高さが届いてないけど、そっと伝えると、若干の戸惑いを感じさせるように僅かに瞳を揺らす。――けれど、それで終わりだった。オルフェンズは、その場に居合わせるハディスやポリンド、ミワロマイレ、アポロニウス王子と同じ様に、国王から距離を取って畏まった様に頭を下げた。
オルフェンズが後悔しないように、何か他に言えることはないかと唇を噛んで考え込んだわたしに、帝がふわりと優し気な笑みを向ける。
「いいさ、お嬢さん。私が本物でないことは私自身ちゃんと分っているからね。それに、この身体は一時的に使わせてもらっているだけだ。時期が来れば私は消えて『アポロン』の元に帰ることになるから」
「―――っ!私は分かっております。父上の身をお返しいただく事には既に確約いただいておりますから、心配などしてはおりません!」
いきなりの子供扱いにアポロニウス王子が頬を染めて反論するのが微笑ましい。
けど、オルフェンズだって、1000年程の永い時間の果てに折角会えた「お父さま」に対して、もう少し関わることが出来たら良いのにって思う。孤独なオルフェンズには心の癒しが足りなさすぎるから、残酷な事でも躊躇いなく手を下せるんじゃないかな。帝がいらっしゃるうちに、オルフェンズに対して少しでも何かが出来れば良いのだけれど……。
――それに、わたしはオルフェンズを唯一として想うことは出来ないから、気掛かりだけれど、寄り添って癒してあげることは出来ないもの。
反対隣りをちらりと見れば、凛々しい騎士鎧姿のハディスの深紅の瞳とぴたりと目が合う。と同時にへにゃりとした優し気な笑みを向けられて、思わず顔を伏せる。
――だめだめ!王様の前なのになんて攻撃力なの!?わたしを再起不能にする気なの!?
今まで見てきた誰よりも雄々しく敵に立ち向かう姿を思い起こさせる鎧姿と、小動物を愛でるのが似合う柔和な笑みのギャップに、心臓が撃ち抜かれたような衝撃を受けてぶわりと顔に熱が昇る。更にとどめを刺すように、微かに首を傾げられたんじゃあ、格好良さに加えて可愛さが溢れてしまって、知らず涙腺が緩んで涙までが溢れて来る。
こんな謁見の最中に、わたしを萌え死にさせる気!?と、力いっぱい睨み付ける。
すると、今度はハディスが「ひゅぅ」と息を飲んで表情を凍らせた。
余裕のある笑みは消えて、硬い表情となっているけれど、微かに頬へ朱が昇っているのはどんな感情なのだろうか。
「そんな顔で上目遣いで見詰めて来るのなんて反則だよー……」
弱々しいハディスの呟きがわたしの勝利を伝えて来たけど、そんな言葉1つで更に舞い上がりそうなわたしは、とてもじゃないけど彼を負かしてなんかいない。……どちらかと言えばこれは共倒れよ。
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