第87話 団長が厳めしい顔を更に口元を引き結んで肩をプルプルさせているのが居た堪れないからぁ! ※ハディス視点

「総帥!女神さまは何故その様に不吉な言葉を我らに寄越されたのでしょう!?」

「まさかっ、愛想を尽かされ、お隠れに……」

「女神が探すなと仰せになると云うことは、我らを厭い見捨てられたと云う事か!?」


 部下たちの言葉が別の意味で、僕の心にぐさぐさと突き刺さる。言葉に形があるなら、僕はとうに満身創痍で全身血だるまだ。

 けど、そのお陰でちょっと落ち着けた。そうだ、セレネがそこまで辛辣に僕を傷付けることをするはずは無い!なんだかんだ言って身内に甘いセレネの懐に入りこめている自信はある!


「違うからっ!!見間違えだよ、ちょっと待って!?それに僕の反応をそんな風に曲解しないでぇぇ」


 叫ぶ様に団員たちの勘違いを主張し、周囲の危険が去ったことを素早く確認してから、マントを外す。緊張のあまり震えそうな手を心の中で叱咤して、焦げ文字をしっかり見るために顔の高さまで持ち上げ、そっと文字に視線を走らせた僕は安堵の溜息を吐いた。


『 さ が さ な い で 』


 間違いなく、マントに付いた焦げ文字はそう書いてあった。けど。


「セレの文字じゃない……」


 よかったぁぁぁぁぁ――――――――!!!!


 感動に打ち震えながら、マントをぐっと握り締めた拳を胸元に引き寄せて天を仰ぐ。


 ――って言うか、これって誰の字だ?ヘリオスだってそんな立て続けに家出はしないだろうし、まさかオルフェンズ?……いや、奴はこんな殊勝な書置きをしたりはしないな!じゃあ、誰の字だ?何でこんな書置きみたいな物騒な文字をネズミ達は伝えて来たんだ?


 考えても答えは出ないけど、はっきり分かっていることは一つ。セレネに関わった誰かが、彼女の起こした何かによって、逃げ出したくなるような事態に陥ったってことだ。そして、残された書置きが、彼女にくっ付いている僕のネズミ経由で報されて来た――と。


「ホント、一体何やったんだよ。王都に居るんだよね?魔力を喰う魔物達が揃って動揺するくらいの事って何だよ――。」


 桜色髪の面影を脳裏に浮かべて「仕方無いなぁ」と、表情を緩めていると、文字を見て動揺した騎士達も落ち着きを取り戻し始める。


「総帥!あれは!!」

「ん?何?団長。」


 鋭い声に、何が起こったかと視線を向ければ、騎士たちを集めながらこちらに向かって来ていた団長ポルトラスが厳めしい顔を更に険しくして鈍色の雲のかかった空の一点をそっと指差し「あれを」と短く告げる。


 その先に浮かぶモノを見て、僕は一度緩んだ表情が、再び強張りそうになるのを堪える。


「おぉ、あれはポセイリンド王弟殿下の化身ではないか!」

「珍しいな、殿下は王都近郊で防衛拠点を回っておられるのでは無かったか?」


 その通りだ。

 だから、ポセイリンドあいつが辺境の僕の居るところに来るのはおかしい。


 迅速に、魔物被害の拡大するこの事態に対応するため、兄である国王は僕達継承者にそれぞれが自身の力をもって、各地の支援を行うよう命じた。だから基本的に僕達はそれぞれの戦力を持って別々に広範囲なこの王国をカバーしている。まあ、紫と黄は特殊な事情で動けないし、銀ははなから命令で動く奴じゃない。だから結局、僕と騎士団が王国の外縁、ポセイリンドが内部のあちこちを回ることになってしまっているんだけど。


 その命令が出される前に、魔物との戦闘を含んだ、脅威の排除が含まれる今回の作戦に、ただの令嬢でしかなく、まだ学生の身分の候補は含むべきでない――そう進言して……いや、懇願か?彼女に秘密裏に行動し、彼女を城へ入れないように手を回したりもした。


 だからなのか、まさか王城であんな爆発騒ぎを起こすとは思いもよらなかったけど……。いや、帝石の件は、彼女が1人で引き起こした訳じゃないんだろうけど、あれには驚いた。


「何で青龍がここに来るんだ?まさかポセイリンドあいつの身に何かあったんじゃないだろうな……」


 今度こそ、隊員に余計な動揺を与えないように、物騒な想像をボソボソと口の中で呟き、表情を変えずに空に浮かぶ巨大な龍にじっと目を凝らす。


 近づいてくる青龍は何故か背中に緋色の小ネズミを何体も乗せている。厳めしい風貌に威厳すら感じる青龍の背に、小さな緋色のネズミ達が乗っている姿はどこか愛嬌があり、青龍の登場に一瞬緊迫した場の雰囲気を長閑なものに変える。

 小ネズミ達は、青龍が僕の頭の上までやって来るや、3階の窓ほどの高さのあるその場からピョンピョンと飛び降りて軽やかに僕の肩に着地して来る。


 いや……僕の魔力の化身だし、重さもないから良いんだけど。団長が厳めしい顔を更に口元を引き結んで肩をプルプルさせているのが居た堪れないからぁ!

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