第88話 どこか見守るような暖かなものだと感じたのは気のせいか……。 ※ハディス視点

 全員が魔力の色を見る事の出来る騎士団だ。団員たちは概ね団長と同じ様に笑いを堪える反応か、へにゃりと表情を緩ませて微笑ましい視線を向けて来る者とに分かれている。居たたまれないけど、昔の様にネズミを化身とすることを理由に、僕を蔑む様な人間が居ないことに安堵もする。


 小ネズミ達は、僕の手にしたマントを見付けると、次々に生地に吸い込まれるように消えて行き、すぐにそこから焦げ臭い匂いと、微かな煙が立ち始めた。


「今度は何なんだよ……まさかポセイリンドあいつが何か送って来たのか?」


 ついこの間、セレネからゼウスエクスの急を告げる文が小ネズミを使って、僕とあいつに送られて来たから、言葉を伝えられる事は分かってるとは思うけど。でも使う方法は知らないはずだけど?


 首を傾げながら、新たな焦げ文字が刻まれたマントを広げて目の前に掲げる。

 すると、純白の生地に既に刻まれている焦げ文字に並んで、新たなモノもそこに現れていた。


『 さ が さ な い で 』

『 さ が さ な い で 』


 全く同じ筆跡、同じ文面が2つ。

 もはやどちらが先に刻まれたものかも分からない、寸分違わない字面に、ワケが解らなさ過ぎて頭を抱えそうになる。


 一体、この文字を2行にして、僕に何を訴えたいんだよぉ!?


『ぢぢっ!!』


 何かを訴えるように鳴き、僕の目に留まる様にわざと僕の視界に入る範囲をちょろちょろと動き回った緋色の小ネズミたちは、再び身軽にジャンプして、体高の何倍もの高い位置に浮かんでいる青龍の上に再び飛び乗る。そして更に何かを訴えるように青龍の上でピョンピョンと飛び跳ねながら何かをアピールして来る。


「総帥、これは御身の化身が何かを訴えようとしているのではないでしょうか?」

「うん、僕も何となくそんな気はするんだけど、何を伝えてるのかが全くワカラナイ……」


 基本、ネズミ達に表情は無いし、言葉や気持ちが分かるかというと、僕にはさっぱりと解らない。セレネはたまに分かってるようなことを言うけどね。

 だから、ネズミ達が青龍に乗ったのもただ戯れているようにしか見えないんだけど、執拗に何度も飛び降り&飛び乗りを繰り返して僕をチラチラ見てるのって意味があるんだよね?それに、さっきのバジリスクの気を引くくらいの魔力を発したセレネと、この訳の分からない化身たちの行動が無関係だとは思えないんだよね―――。けど、僕には継承者として、王弟としてフージュ王国を護る責任があるし。


「愛らしいですな」


 如何にも連戦の騎士らしい筋肉質な体躯の、大柄で厳めしい団長ポルトラスが目尻を下げている。ポルトラスは間違いなく飛び跳ねてちょろちょろ動き回るネズミ達をそう称したんだろうけど……。

「愛らしい」その一言で思い浮かんだのは、規格外の発想と行動で気苦労ばかり掛けてくれる妖精の様な桜色の少女だ。


「ねぇ、ポルトラス……ものは相談なんだけど聞いてくれるかな」

「は、何でしょう」


 応えたポルトラスの表情が、どこか見守るような暖かなものだと感じたのは気のせいか……。








「ハディっ……!来てくれ……――何しに来たのよ!!」


 彼女独自の魔物ジュシ素材で作ったとか云う、黒い運動着を草塗れ、泥塗れにして走り回っていたセレネが、足を止めていきなり毒づいた。いきなりの文句に絶句する僕に代わって、僕の背からひょっこり顔を出したポセイリンドあにが「へーぇ!」と感心した様な声を上げる。


「子猫ちゃん良く分かったねぇ!こんな怪しげな風貌の奴が現れたら、普通叫び声をあげてその辺中の物を投げ付けない?」

「――ポリンド講師は、そうしたんですね?」


 引きつり笑いを浮かべながら、同情の視線をチラリと向けて来るセレネと目が合い―――合った途端、プイと顔を逸らされた。


「えぇ―――っ、助けに来たのに釣れないなぁ」


 唇を尖らせてみせる。

 そう、僕は恥を忍んで第一騎士団団長であるポルトラスへ、セレネの元へ行く為、後を頼みたい旨をやっとの思いで伝えて来たんだ。

 そうしたらいともあっさりと「あぁ、あの時の御仁ですな。まぁ、出立前から気掛かりなことが御有りのご様子でしたしな。陛下の為に戻られた折にも、そのご令嬢が関係していたのでしょう。いや、仰られなくとも幼少の頃より殿下の事を見て参りましたこのポルトラスには分かっておりますよ。――して、あの時のどちらのご令嬢でしょうか?」などと生暖かい目で見て来た訳だけど……もしかしなくともオルフェンズの事も、あの時の騎士団の連中はそう云う目で見てたんだろうかと思って、胃が痛くなる心地だった。


「カワイコぶってるとこ悪いけど、私達にはただの怪しげなフルフェイスマスクの甲冑姿にしか見えてないからねー」

「そうなんですか?」


 セレネがポセイリンドに向かって首を傾げる。


「機能性重視したらこうなったんですー!」


 仕方ないので、出来るだけ声を張り上げて主張してみるけど、青龍に乗るために纏う魔力の形状を、あの大ネズミ仕様は抵抗があったから、騎士の自分らしいフルフェイスマスクの付いた完璧な防御力を持つ甲冑型にしたんだけど、魔力で出来てるのに、声は普通の甲冑を着ているみたいに兜の中で響いて、自分の声で頭がガンガンする……。


 それに、セレネがポセイリンドを介してしか話してくれない。

 怒ってる気がするけど何に怒ってるんだ?


 苛々していると、セレネの隣にぴったりと寄り添うように立つオルフェンズが、これ見よがしにセレネの肩に腕を回す。


「っ!何を・」


 反射的に声を上げ、その腕を引きはがそうと手を伸ばした瞬間、頭上に影が差したのに気付き―――


 ドン!!!


 激しい地響きと音が、抉られた地面から飛び散った石礫と共に周囲に広がった。

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