第86話 女神の悪戯ってとこかな? ※ハディス視点
ハディス率いる王属近衛騎士団は、フージュ王国外縁の魔物の大量発生地を次々に移動し、今まさに常ならぬ程大量に発生したバジリスク討伐の最中だった。
バジリスクは、樹齢数十年を経た大木の様な太さを持つ蛇の変化した魔物で、大人でも軽く丸呑みしてしまえそうな大きな口に覗く牙を怪しく光らせ、巨体をうねらせて、次々と襲い掛かってくる。隙を見せれば石化の魔術を放つその魔物は、自身の魔力で魔術抵抗を上げて戦うか、或いは石化の魔術の軌跡を避けての行動が必要となるため、魔力の低い辺境の兵士には対応が難しい。そのような理由から、この異常事態に対応すべく王属近衛騎士団が派兵されていた。
ハディスはその中でも一際大きな一体を討伐したところだった。
「取り敢えずこっちは完了っと……ねぇ、あと何体居る?」
側で剣を振るう
実りの季節を迎えているはずの林は、大量発生した魔物の黒い魔力のせいか、バジリスクの石化魔術のせいか早々に葉を落とした荒漠たる姿を晒し、枯れた草木が厚く積もった足場の悪い環境を作り出している。
その足元の枯れ草の上をバジリスクが滑る様に這う嫌な音の響きは既に止んでいて、この戦いの場の終幕が近いことを報せてくれる。
「それにしても、どう云うことでしょう?急にバジリスクの動きがおかしくなってくれたお陰で討伐が容易くなったのは有りがたいのですが……」
困惑気味に騎士の1人が呟くのを聞いたハディスは、苦笑を浮かべつつ頬を掻く。
「あーハッキリとした理由は分からないけど、間違いなく他の継承者……候補?が、なにかやったんだと思うよ」
さっきまでは、真っ直ぐに討伐隊の自分達に向かって来ていたバジリスク達が、ある時を境に王都の方向を気にするような素振りを見せ始めて、明らかに様子がおかしくなった。その直後に、このマント焦げ付きが始まったのだ。
「はぁ――、どうしたら遠隔地の魔物の気を惹くような真似が出来るんだよ、一体何やってんだ、もぉ」
辺境の林の中、視認できる範囲に散らばった部下達の様子に素早く視線を走らせつつ、精霊や妖精を思わせる儚げな風貌に似つかわしくない、実利主義の1人の令嬢の姿を脳裏に描けば、ついため息が零れてしまう。
確かに「厄介事には逃げる、戦う、自分の出来る限りは尽くして、最善を自分で手繰り寄せますからご心配なく!」「待ちませんよ?わたしは先に行きますから、追い付いてください」だとか、じっとしていない宣言は度々受けていたけども!?
「総帥?マントに何か文字らしきものが!」
「あぁ、うん。知ってる。神器の……いや、女神の悪戯ってとこかな」
隣で戦っていた騎士が力と魔力を乗せた剣の一振りで、この場に出現した最後の一体のバジリスクに止めを刺して近付いて来る。「なんて書いてある?」と、嫌な予感を隠しながら、できるだけ平静を装って尋ねてみると、騎士はマントにさっと視線を走らせて分かり易く表情を強張らせる。
「覚悟はできてるから、読み上げてみせて?」
困惑のあまり一言も発しなくなった騎士に、おどけた風の笑みを向けると、ようやく絞り出すような声で、その焦げが描き出した文字を読み上げてくれた。
「はい……マントには『 さ が さ な い で 』の一文が書かれております」
「うん?」
笑顔を象ったまま表情筋が固まったのが分かった。その時の表情が、部下たちに心配を掛けない笑顔だったのは幸いだったけど!でも僕の心中は笑顔とは程遠い大荒れだ。
何?探さないでってどう云う事!?まさか振られた?それとも
「総帥?如何なさいましたか!?」
笑顔とはいえ、それっきり動かなければ当然異常だし、部下も心配する。何とかしないと……
「な ん でも な……いよ? ヤ だなぁー。はっははっ」
駄目だ!気になりすぎて普通に話すことも出来ない!僕の声が聞こえた部下達が「何かまずいことが起こった!?」って世も末みたいな表情で見て来るんだけど!?駄目だ、率いるべき僕がこんなことじゃあ、周囲に悪い影響を与えてしまうからぁ……!
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