第82話 誰かさんの眷属と同じ色で、落ち着く色。

 強引で滅茶苦茶なやりかたではあったけれど、オルフェンズと兵士2名が加わってくれたおかげで、ベヒモスの頭部を回転と加重で揺らして体勢を崩させる目論見は上手く運び、20回転目を超えた頃、フラフラとよろめいて大きく体勢を崩したベヒモスは、ついに大きな地響きとともに仰向けに倒れた。


「「「ぅおぉぉぉぉ――――っ!!」」」


 轟く様な掛け声と共に兵たちが切りかかり、魔法で攻撃力を上げたいくつもの武器が、ベヒモスの巨体に間断無く撃ち込まれる。


 わたしはと言うと、ベヒモスが地面に倒れる寸前にムルキャンから手を放して、回転の勢いのまま遠心力で飛ばされたから、巨体の下敷きになることは免れた。けれど、勢い良く地面に落ちたおかげで、体中あちこちが痛くて動けないでいる。咄嗟に魔力を身体の外側に纏ったから生身よりはダメージは少ないと思うけど。

 同じ様に手を放して吹き飛び、空中で体勢を整えつつ綺麗に着地したオルフェンズは、一体どんな運動神経をしているのか……。痛さで半泣きになりながら、オルフェンズの華麗な身のこなしに呆気にとられたわ。手にしていた兵士を着地後、ぞんざいに放っていたのはどうかと思うけど、空中で放り投げなかったのは彼にしては上出来な方だと思う――ことにしておく。


 兵士たちが次々に向かって行く方向を見遣ると、今が好機と察して一斉に群がり、倒れたベヒモスに執拗に攻撃を加えている。ムルキャン・葦は細長いながらもベヒモスが万が一にも起き上がらないように拘束して、兵士たちとうまく連携しているみたいだ。


 それからどれだけ経ったか――――。

 執拗に繰り返された攻撃によってついにベヒモスは息絶え、わたしは満身創痍で横たわったまま、兵士達の勝鬨を聞いていた。



「終わったぁー」

「えぇ、ですからもうその無粋な衣を取られてはどうです?」

『ぢ!』


 オルフェンズは外せと言い、大ネズミはそのままで・とでも言うように、抗議じみた鳴き声を上げる。回転攻撃は、受ける方よりも仕掛ける方がダメージが大きいんじゃないかと思うくらい、頭がぐらぐらして気分が悪い。まだ身体を起こすのもつらい状態だ。そんな状況で「衣を取る」ために動けなんて、一体どう云うことよ?と視線を向けると、銀の美丈夫と、緋色のどこか間の向けた顔立ちの大ネズミが並んで物言いたげにじっとこちらを見ている。


 なに?このシュールなツーショット?


「煌めく宝玉のごとき輝きを放つ桜の君に、そのような獣の姿はあまりに不粋です。唯一無二の赫々とした魔力の輝きは損なわれはしませんが、私の美意識が許せません!」

『ぢぢ!』

「なんだ?言いたい事があるなら、ハッキリ言え。私にはまるで分からん」


 どうやらわたしは、身を護るために咄嗟に使ったのが身体強化の魔法じゃなく、緋色の大ネズミ型の着ぐるみパジャマを象った魔力を纏うものだったみたいだ。


 え!?だから防御力があんまりなくて、痛かったりした!?

 けどこの着ぐるみパジャマって、身体を覆ってる部分は魔力のバリアーを張ったような状態だから、防御力に問題はないはずよ!だから防ぎ方としては問題はなかったはずだけど……。

 けど無意識にとった姿がこれなんて―――相当わたしの頭の中は、あの赤髪の護衛に浸食されてるみたいね……。


「困ったなぁ、無意識にこんなのが出ちゃうほど、気になっちゃってるなんて」

『ぢぢっ、ぢぃ~ぢ!』

「だから何をいっているのか分からんと何度も言っているだろう」


 干渉に浸るわたしの側では、どことなくチグハグな遣り取りが途切れつつ続いている。


「やっぱり貴方たちって、本人同士の相性は良いんじゃないかしら。オルフェはハディと話してると、生き生きしてるもの。眷属のネズミさんとは、ちょっとつっかえてるけど、悪いってほどじゃないし」

「なっ……!」


 余程意表をつかれたのか、オルフェらしくなく目を見開き、驚愕を隠しきれない表情で、口をただハクハクと明け閉めしている。その美形の間の抜けた様子に、ちょっとだけ「いつもの仕返しが出来たかなぁ?」と嬉しくなって顔が緩む。


 手強い暗殺者をやり込められて、ふぅ・と満足感のこもった息をひとつ吐き、地面に仰向けで寝そべったまま、緋色のモフモフにくるまれた右手を顔の前に持ち上げて見つめる。


―――誰かさんの眷属と同じ色で、落ち着く色。


 居なくなったら、それがこちらを思い遣っての事だとしても、離れることが気に入らない、理由を伝えてくれないのが気に入らない。


「参ったなぁー……。いつの間にか、なかなの重症度合いね」


 呆れたように呟きつつ、それでも口元はふわりと笑みの形をつくっていた。

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