第81話 この暗殺者のスペックはどうなってるの!?

「なに!?何でこんな高くなっちゃうの!?」

「ベヒモスは後脚でも立てるし、動けるのだ!四肢全て押さえんと動きは止められんのだぁぁぁぁ!」

「嘘でしょ!?2足歩行が普通に出来ちゃうなんて聞いてないわ!」

「そこいら中に居るモノではないからな!大禰宜の職にて様々な神話、文献を熟知する我だからこそ気付いたようなものだ!凄いであろう!!ほっほっほ――――!」


 視界の急上昇は、前脚を完全に封じられたベヒモスが後脚で立ち上がったことによるものだった。

 折角、動きを鈍くさせて転倒させることが出来そうなところまで漕ぎ着けたのに、まさかの2本足歩行への方針転換は想定外だ。


 そんなの聞いてない!っていうか、振出しに戻るのはまずい!


「ムルキャン!取り敢えずこの巨体をひっくり返しましょう!転ばせて的が低くなれば、兵士の人たちの攻撃も当たりやすくなし、反撃を受けにくくなるわ!!」

「どうやるのだ!我はいまは長細い形になっているから、この身体から出せる打撃の攻撃なんぞほとんど効果はないぞ!殴打の衝撃で倒すような真似は、それこそ元のトレントの形状の、大樹まで成長した姿でないと無理だ!!」


 たしかに、ひょろひょろな状態に変化してしまった今のムルキャンでは、巨大なベヒモスを力による攻撃で打ち倒すことは出来ない。鞭みたいに振り回せば打撃武器になるかもしれないけれど、わたしは勿論、兵士たちだって鞭を扱う訓練なんてしていないだろう。しかも巨大ベヒモスに、使った事の無い鞭を手に対峙するような無謀はしちゃいけないと思う。ならば、どうやって転倒させるか―――?


 立ち上がったベヒモスによって再びムルキャンの細い枝の一つが切られたのか、ブチリと云う音が聞こえて来る。視線を向けると、思った通り、切られた枝の端が垂れ下がり、風にあおられてふらふら揺れている。脆くはない様で、ベヒモスは前肢に力を込めて、なかなか千切れない拘束に苛立たし気に唸り声を上げている。


「まずいわ!ムルキャンの幹が引きちぎられる前に何か別の手を考えないと……」


 気持ちの焦りに呼応したかのように、天候が荒れて来たのか更に強く風が吹いて髪が大きく煽られ、ムルキャンの枝や根の端が大きく揺れる。


 風で大きく揺れる、ベヒモスに巻き付いたままのムルキャン――――。


「そうよ!打撃に拘らず、体勢を崩させればいいのよ!」


 ふいに閃いた考えに大きく声を上げると、ムルキャンの顔がぎょっと目を見開く。


「どうしようと言うのだ!?」

「枝をベヒモスの首か頭に巻き付けて、幹や根を出来るだけ長く垂らして欲しいの!垂らした先にわたしが繋がって動くから、貴方はベヒモスから外れないように頑張って!!」


「理解に苦しむ」と文句を言いつつも、徐々に引き千切られてゆく枝に危機感を感じていたであろうムルキャンは、巨体に蛇が巻き付く様にグルグルと螺旋を描きながら頭目指して勢いよく這い上がり、あっという間に先端の枝々を鉢巻の様にベヒモスの頭に巻き付けた。


「そのまま頑張って巻き付いていて!ベヒモスの頭を揺らすわ!!」


 頭から下がったムルキャンの先端――根の先から手が滑らない様に手早く何度か手と腕に巻き付けて重力のまま下方に身を躍らせると、ベヒモスの肩甲骨の下あたりにぶら下がる形になった。すぐさまベヒモスの大きな身体の上を駆けるように、綱……もといムルキャンを支えに胸に向かって進み、更に嫌がって首を振ったベヒモスの動きを利用して反動を付ける。そのまま頭に巻き付いた箇所を支点に、プロペラが回る様に、ワイヤーアクションよろしくベヒモスの周りを勢い良く回り始める。

 顔の正面を横切った時、何度かベヒモスの裂けた大きな口が至近距離に迫り、ひやりとするタイミングはあったけど、体全体をバネの様にしならせて勢いをつけて回転の速度をどんどん上げて行く。


「軽すぎますね」


 突然耳元で声が響いて、ムルキャンを握り込んだ手元に近い場所を大きな手が掴む。


「オルフェ!どうやってここに!?」

「ふふっ……桜の君の華奢なお体では少し目的の効果には及ばないと思いまして。面白い趣向に加わるべく、手土産を持って馳せ参じました」

「はぁ!?」


 言われて、ムルキャンを掴んでいるのとは逆の、下方に向けた腕の先を見れば、驚愕に表情を引き攣らせた兵士2名が、オルフェンズに背後からベルトを掴まれて硬直している。神器の力で固まっているのではなく、純粋に恐ろしさのあまり動けないで居るみたいだ。


「何やってるのぉぉぉ―――――!!!」


 空中で旋回するわたしの側に、防具を纏った成人男性2人を片手で軽々持って来るって、この暗殺者のスペックはどうなってるの!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る