第73話 赤いドレスを纏う日、死に絶える世を祈る
剣を振るわたしに向かって、何か言いたげにしていると思った大ネズミは、特に意見があったわけではなかったみたいだ。そわそわした様子であちこちを見回して、何かを探している風で……?
「アポロニウス王子、こちらにいらしたのですね。招集を受けました一同、王子の書斎に揃っておりますのでお呼びに参りました」
丁度そんなタイミングで鍛練場に姿を現したのは、王子の学友としても顔を見知っていたカインザだ。カインザは、わたしの事はまったく視界にも入っていない風に真っ直ぐに王子向かって歩いて来る。
そんなタイミングで、きょろきょろと周囲を見渡していた大ネズミが「見付けた!」とばかりにカインザの上着に飛びついて、あろうことか発火した。
「な、な、な……なんだぁぁぁ――!?」
カインザの上着の背中がブスブス音を立てて黒い煙を上げながら、じわじわと焦げ模様を付けて行く。
「ネズミさん―――!?」
「はぁっ!?ネズミなんてどこにっ……!って、またお前か!バンブリア嬢―――!!」
ようやくわたしに気付いたらしく、ぎょっと目を剥いてこちらを指差す。
「カインザ、少しの間じっとしていてくれ。服のことは申し訳ないが、これは……」
王子がちらちらとわたしの方を見ながら一瞬口ごもった後「神器を使った
「神器の文……!まさか、女神様からですか!」
けど、そんなことは露ほども知らないカインザは、感動した様に声を上げると、焦げを作り続ける上着の背中を、苦しそうな姿勢で首を捻って見ようと奮闘しはじめた。王子は誰からか気付いていそうだけど、にっこり笑って「そうかもしれないな」なんて言ってるし……。けど、この文が本当に個人的な内容だったらどうする気よ!?
そうして戦々恐々と文字の浮き出る様を眺め続けていると、ようやく文らしいものが読み取れるようになって来た。
『 赤いドレス 纏う日 し に たえ るよ いの る 。』
ちょっと待ったぁあぁ!「赤いドレス」って、めちゃくちゃ個人的な手紙だし!
「何だと!?この文はっ……何と云うことだ!!」
あれ?カインザの反応が、何だか想像と違って、何かこうパニクってる?
「赤いドレスを纏う日、死に絶える世を祈る……――だとぉ!?」
「えぇ―――!?」
カインザの叫びに思わず反応してしまった……。
確かに女神から届く手紙が、そんな怪文書だったらそんな反応になるよね!けどこれ絶対、続きがあって、絶対個人的な内容だから―――!王子も、しまったって思ってるよね!?笑顔が固まってるわよ!
「ホーマーズ様?気のせいですよきっと!続きがまだ出て来ようとしてるわ。けど女神様からのこの手紙はきっと王子に見せようとして、ホーマーズ様の背中に刻まれたのよ!だから、王子にしっかり、こっそり見ていただくのに上着をお借りしますねっ!!」
なんだか訳の分からない言い訳を早口で捲し立てて、勢いのままカインザから上着を受け取ると、丁度全ての文字が浮かび上がったところだった。
『君が赤いドレスを纏う日を 楽しみにしている。僕の想いに こたえてくれる様 いのってるよ。』
まさかのストレートなラブレタ――――!!
「これは……ホーマーズ、代わりの上着を届けさせるから、先に私の書斎で待っていてくれ。私はこの文をしかるべき場所へ持って行く」
茹で上がった様に真っ赤になって、狼狽えるわたしに代わり、先に再起動した王子がカインザを上着から遠ざけてくれた。カインザは、勝手にハディスからのラブレターを、女神からの忠告文の様なものと勘違いしているんだろう。若干強張った表情のまま、王子に指示された通り書斎へと去って行った。うん、今回はちょっと申し訳なかった。と思っていたら、アポロニウス王子がとっても良い笑顔で呼び掛けて来て、わたしは慌てて「はいぃっ!」と向き直る。
「仲の良いのは良い事かもしれんが、人騒がせな文のやり取りや、叔父上への派手な主張は控えるように頼みたいものだな?」
笑顔だけれど、とんでもない威圧感を感じるのは何でだろう?けど派手な主張なんてした覚えはないからね!?
「
笑顔を消して、結構真面目な表情で言われたその言葉の意味を捉えるにつれ、茹で上がっていたはずの顔に、更に熱が集中するのがわかる。
もしかして、わたしって……王国の危機よりも、ハディスとのことを優先してるって思われた―――!?
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