第71話 堂々と隣に立てるだけの成果や身分を手に入れないといけないわ!

 わたしは怒っている。


 だからわたしは魔物撃退グッズを開発し続ける。わたしをほったらかして辺境で魔物討伐ばかりしているハディスに「貴方一人がいなくても月の忌子ムーンドロップなんて何とでもなるのに、自分じゃなきゃ倒せないって動き回って、何を自惚れているのかしらー」って言うのが目標だ。

 ここへ来る時に持参した紙束には、ここ数日でヘリオスや父テラスをはじめ、商会員と共に考え抜いた魔物撃退グッズのアイディアがびっしりと書き込まれている。


「王様、魔物を封じられたご記憶と照らし合わせて、この中に有効と思われるものがありましたら是非アドバイスをお願いいたします!」


 勢い込んで言うと、王様こと帝は楽し気に片眉を上げて「どれどれ」と紙束を手に取ってくれた。王様か帝かの呼び名は悩むところだったのだけれど、帝本人が「自分は一時的に意識を借りているだけだから」とデウスエクス王の名前で呼ぶことを希望した。ただ帝は生粋の貴族ではなかったらしく、格式張った話し方などは苦手だと云うことだったので、随分と気安い話し方をさせてもらっている。


 帝は「ふぅん」と、鼻歌でも歌いだしそうな楽し気な様子で紙束をパラパラと捲る。けれど、見続けるに連れてその表情は深刻なものに変わって行き、小さくため息を一つ吐くと、改まった様子で厳かに口を開いた。


「この体の持ち主の記憶と照らし合わせれば、これ等が今まで無かった新しいアイディアの品物だってことは分かるよ。排出される黒い魔力を減らそうとする努力も認める。けれど私たちの時代には、これに近いものや、もっと効果の高いものがあったんだよ。それでも、蓄積される黒い魔力によって魔物の大量発生を助長してしまった。この時代の君達に同じ道を辿らせたくはない」

「え……」


 アドバイスでもなく、出て来た話は、もっと有効だったけど失敗してしまった失われた高度技術ロストハイテクノロジーからの教訓。そんな話が出るってことは―――つまりは?まさか……まさかとは思うけど……。


 ローチェストに浅く腰かけた膝の上で組んだ両手が、嫌な予感に微かに震える。けれど、緊張感を解く様にふわりと笑いかけられて気が緩みかける。


「全部没だ」


 にこやかに爆弾が投下された。


「鬼!?鬼なの!?」

「なんだ、帝の次は鬼か?私の呼称はなんと沢山あるのだろうな」

「バンブリア嬢の戯言です。お気になさらず」


 半泣きのわたしの言葉を愉しげに茶化す帝、そして澄ましたアポロニウス王子の一言が憎らしい。けど、理由は理解したから食い下がることも出来ない。


「しかし……そう云う事なら、魔物を退けるためには、強い効果の有る魔道具ではなく、女神と父上の力が必要だと言うことなのでしょうか?」

「いや、輝夜は退治はしていないよ。だけだ。私は浄化を利用した結界を作ったし、神器を使ったこそが、魔物を退けられたんじゃないかな。黒い魔力を発さず、特殊な魔力に呼応して、それを増幅する器だ。私達の技術の粋を集めて作っておいたんだよ。君達も上手に使いこなしているみたいだけどね」


 女神の神器―――結局そこに行き着いてしまうのね。

 けどそれじゃあ、神器の継承者じゃなくても、なんとかなるわよ~と、ハディスに見せ付ける作戦が出来ないじゃない!困ったわ……。


「素直に頼っておけば楽なものを」


 うむむ、と考え込んだわたしに向かってアポロニウス王子が呆れたように呟く。


 けど、商会の仕事を続けたいわたしは、決定的な決断が出来ない。そしてわたしは、妾の立場や、仕事の契約なしに王弟であるハディスの隣に居ることが許される高位貴族ほんとうのお嬢様じゃない。となると、護衛の期間が終わってしまう卒業後はハディスと関わることは出来なくなるだろう。だからこそ、堂々と隣に立てるだけの成果や身分を手に入れないといけない。結論の先送りの為でしかないけど、今はまだ足掻くことが出来るからやれることをやる。


「素直じゃないもので」

「桜の君は追い詰められ、ギリギリまで削られて一層輝きを増す原石ですからね。予想外のことを繰り返しながら、貴女の足掻く姿が愉しくて仕方ありません」


 決意を新たにアポロニウス王子に返答すると、オルフェンズが僅かに声を弾ませて薄い笑みを口元に浮かべる。


「オルが生き生きしているのを見られるのは、なんと嬉しいことかな」


 帝が微笑ましい視線を向けて来るけど、息子さん、相当歪んでますよ?!って言いたいわ。今のも大概なスパルタ発言だからね!


「必要以上に苦労するのは本意じゃないのよ?楽をしたいとか望みを叶える為に開発やデザインをするんだから、大変とかキツイのはお断りよ――――!?」

「分かっています。楽になるために桜の君が苦心して限界を乗り越え、輝きを増して行く様には快感すら覚えますからね」


 ダメだ、平行線にしかならないわ!助けを求めて視線を送った先のアポロニウス王子はそっと目を逸らすし、帝は子供の成長を見守る父そのもののニコニコ顔だし、誰かわたしの味方はいないのー!?

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