第66話 名付けて、魔物撃退ドラゴン鳴子、略して『マドンナ』!
王都の町でも魔物出現の警鐘の音を頻繁に耳にするようになった。そこでわたしは、町中に現れる小物の魔物を、騎士や警邏隊へ負担をかけずに撃退したり、人のテリトリーを忌避して近付かないようにする新商品を考えてみた。
「名付けて、魔物撃退ドラゴン鳴子、略して『マドンナ』!」
「待って、お姉さま。色々頭が追い付かないから。」
自信満々に背後から取り出したドラゴンのぬいぐるみを見たヘリオスが、頭を抱える。因みにそのぬいぐるみは赤ん坊ほどの大きさで、色はピンク。ドラゴンと言うにはずんぐりむっくりで、むしろ顔の長い鳥と言った方が近いバランスだ。
「撃退グッズ?」
「そうよ、一家に一体。可愛いでしょ?」
この魔物撃退ドラゴン鳴子『マドンナ』の優れた点は、魔道具である照明に使用するよりも、微弱な感知魔法を発しはするものの、感知後に鳴き声を出したり、目を光らせたりするのは従来のアナログ技術で賄えて、尚且つ各家庭に溶け込む愛らしい風貌のスグレモノだ!
「えーと‥‥お姉さま?その用途なら、このごてごてと主張の激しいドラゴン形にする必要は有りませんよね?」
「なんてこと言うの!?可愛いは正義よ!」
「僕としては、さらりと日常の風景に溶け込む主張しすぎないスマートな外観が相応しいと思いますけど。」
「そんな事だから、庶民向けの汎用品のデザインは画一的で、その物の価値観を主張する顔が無いなんて、どこぞの訳知り顔の貴族に揶揄されるのよ。」
「本心は?」
「どうせ作れるなら、自分の趣味に沿ったものを作れるってのは作り手の特権よね!」
誘導に釣られて、つい本音を覗かせてしまったわたしに、ヘリオスが眉間を押さえながら「ふぅ」と呆れたような息を吐く。
「結局お姉さまの趣味ですか‥‥でも良いんですか?龍の形なんかにしたら、後々揉めますよ?僕はネズミがお勧めですけど‥‥。詳しい形は僕には分りませんけど、お姉さまならわかるんですよね?」
思いもよらなかったヘリオスの指摘に、一瞬頭の中がフリーズする。
それって、もしかしなくても緋色ネズミとか、その主の事を言ってるのよね?!何で龍にしたかと言えば、最近龍に乗ってワイバーンを倒した事があったし、見るからに強くて害獣駆除用の厳めしいイメージのキャラクターにぴったりだと思ったからで、決してネズミがどうとか考えたわけじゃなくって‥‥!
「なっ‥‥何を言ってるのヘリオス!?」
「今更焦らなくても分かってますよ。僕も剣士としてはあの方を買ってはいるんですから。まぁ、やり方とか諸々の部分で気に入らないところも有りますけどね。」
ヘリオス、イイ笑顔だわ。いや、間違いなくハディスの事を言ってるのは分かったけど!
「けどネズミなんて‥‥可愛いけどあからさますぎてっ。いや、神器をモチーフにした住宅警備システムを組み込んだマスコット‥‥―――うん、落ち着いて考えてみたら何だか行ける気がするわ!龍にネズミ、燕――枝と鉢はキャラクター化は難しいかしら?うん、でもなんだかイイ感じよね!さすがね、ヘリオス。」
乗り気になったのに、ヘリオスが微妙な表情でわたしを見る。「どちらかと言うと、妙な軋轢を生まないシンプルな形状を僕は勧めたいんですけどね。」なんて言ってるけど、皆の信仰対象の神器の化身の生き物が護ってくれるって発想が気に入ったわたしは、断然その方面を推していくつもりだ。ポリンドとハディスとイシケナルの顔がちらりと頭を過ったけど、化身が持ち主と風貌が似ている訳ではないので、この際別物として問題ないだろう。けどキャラクター使用料とか払った方がいいのかしら‥‥。
「お嬢様、お坊ちゃま!いつまで玄関で立ち話をしているつもりでしょうか?いつも通りのお2人が見られて、私は嬉しくもありますが、お2人がずっとここにお立ちになったままですと、私たちもここから動けないんですからね?積もる話があるのなら、リビングかどちらかのお部屋にいらしてはどうですか。」
ふいに苦笑交じりの侍女頭メリーの声が響いてようやく、わたしは思考の中から現実に帰還する。
「はっ、メリー!ごめんなさい、つい!」
「ではお姉さま、半刻後に僕の工房へいらしてください。仕様や試作について僕の方でも幾つか案を出しますから、それも併せてお話ししましょう。」
そうしてわたしたちは、家出だとか逃亡だとか、色々あった出来事を全く感じさせない程いつも通りな日常に、さらりと戻ったのだった。
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