第65話 鳴り響く警鐘

 王都の街中にあっても、路地や橋のたもとには灯りの届かない闇に沈んだ場所はある。


 人が賑やかに歩き、買い物を楽しむすぐそばにも勿論そんな場所は存在する。生垣や街路樹の入り組んだ枝の中、建物の軒の上など、ただ漫然と日常を過ごすには当たり前すぎて目も向けない、そんな場所。


 そんな僅かな隙に付け入るように、陰に潜んで蠢くモノがじわじわと人のすぐ傍に忍び込み始めた。




 カンカンカン カーン

 カンカンカン カーン ‥‥


 何とかこそこそと騎士達の注意の目を掻い潜って、城の敷地内と市街を隔てる大門を抜けると、遠く町外れから規則正しい警鐘が鳴り響くのが聞こえた。

 急を告げる鐘の音は、喧騒の途絶えた夜空にくっきりと響き渡る。


「何かしら?」

「桜の君、こちらへ。」


 さっとオルフェンズに肩を引かれて大門へ繋がる城壁の一角に姿を隠すと、目の前を列を組んだ10人ほどの騎士達が脇目も降らずに勢い良く駆けて行く。


「少なくとも、ここに居る私達に対しての鐘では無いですね。どうやら問題の起きている場所は、あの鐘の音の鳴る町外れの様ですし、今のうちに帰ってしまいましょう。」

「ホントに‥‥予想外なデートの続きはどうなることかと思ったけど、無事揉め事を起こさずに終えられて良かったわ。」

「丁度目眩ましになる騒ぎも起こったみたいですしね。」

「オルフェ?まさかとは思うけど。」

「違いますよ、私がそんな簡単なアトラクションを用意すると思いますか?今回の警鐘は、不本意な偶然です。」


 本気でがっかりしていそうなスパルタ暗殺者の表情を見て、わたしは何とも言えない疲労感にガックリと肩を落としながら、バンブリア邸への帰路に着いた。


 夜空にはくっきりと美しい天の川が掛かっている。ふと視線を動かせば、ぼんやりと輝く月も浮かんでおり、ほの暗く光る赤い姿はどこか禍々しい気がした。







 あの夜以降、王都のあちこちでは小物の魔物の目撃例が頻発する様になった。


 カンカンカン カーン ‥‥


 今朝も晴れやかな快晴の空のもと、何処からか警鐘が鳴り響いている。


 王立貴族学園は、通学する学園生の安全が確保できないとして臨時休講が続いており、鬱々とした自宅待機の日々を余儀なくされている。


「お帰りなさい!やっと会えたわね、ヘリオス!」

「ミーノマロ公爵が入城されましたからね。あとは、ご本人と侍従長にお任せして来ました。」


 ふぅ・と息を吐きながら外套を脱いだヘリオスから、わたしが王城を辞した後の話を聞くことが出来た。

 どうやら逃げ出しただとか、王家に盾突いたなんて話にはならずに、王妃に挨拶をして帰った事になっていたらしい。オルフェンズと緋色ネズミも一緒に居なくなっていたし、アポロニウス王子も何か言葉を濁していることから誰もそんな話は信じてはいなかったけど、敢えて口を噤んでいたとの事だった。


「思った通り、帰ってみれば普段通りに過ごしていらっしゃいましたね。」

「失礼ね、町に出現する魔物や追っ手に怯えて引き籠るフリくらいはしてみたわよ。――半日くらいは。」


 それは引き籠るうちに入らないのでは‥‥ってヘリオスの突っ込みは聞こえないふりをして、まずは帰宅してからの成果をヘリオスに見てもらうことにした。


「実はね、最近町の中でも魔物が現れるようになったじゃない?小物の。だからその対策グッズを色々試作してみたんだけど見てくれるかしら?」

「成程、新たな需要を捉えた新商品開発ですね。」


 出来れば魔物を作り出す黒い魔力の発生を抑えるものを作り出したかったのだけれど、それは未だ叶ってはいない。今できるのは排気ガスの様に魔道具の起動によって発生する黒い魔力を出来るだけ抑えるところに留まっている。


 そんな配慮も忘れないようにしつつ、今回作り出そうとしているのは、町中に現れる小物の魔物を、騎士や警邏隊へ負担をかけずに撃退出来る物や、人のテリトリーを忌避して近付かないようにする物だ。魔物の殆どは、森や山岳部に生息する獣や植物が、自然界に発生した黒い魔力を取り込み過ぎた結果、その形や生態に変化を生じてしまったモノだ。

 魔物化した動植物は、他の生物の魔力を養分にするようになるため、食性は多少変化するが、夜行性であったり火や大きな音を恐れるといった基本的な生態は引き継がれている。ただ、頑強さや運動機能は大幅に向上しているので、倒そうとすれば大変だけれど、追い払うだけなら斬新な手段は必要とはしない。今までよりも少し強目な音や光を発して、尚且つ魔力を発さないものが有ればいい。


「名付けて、魔物撃退ドラゴン鳴子、略して『マドンナ』!」

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