第63話 なら、これって敵地のど真ん中だから――――!

「あ゛ぁ―――やっちゃったわ。」


 淑女らしからぬ声を上げ、嘆く様に顔を両手で覆ったわたしのすぐ隣でクスリと笑う声が聞こえる。


「いえいえ、ご令嬢然とした見事なカーテシーでしたよ。」


 白銀色の紗に覆われた視界に、目に入る色は随分と朧気だけれど、隣の男のアイスブルーの瞳は間違い無く愉し気に輝いているんだろうなぁと容易に想像がつく。


『ぢぢ』

「同意・ね。ありがとう‥‥。」


 大ネズミにまで励まされるわたしは、動物から見ても馬鹿なことをやってしまったと捉えるべきか‥‥けど神器の魔力の化身だから結構高貴な存在だったり?まぁ、そんなことはどうでも良いわね。王妃に捨て台詞を残して逃げ出して来た事実は何一つ変わらないんだから。


 周囲に緑が多く見えるようになった所でオルフェンズが紗を解いてくれたので、わたしは頭上の緋色ネズミを介して小ネズミ達を呼び集め、ネズミーズのお手紙能力メールで、ハディスへ国王に急ぎ治癒魔法が必要な事を伝えてくれる様にお願いしてみる。するとこちらの期待通り「任せろ!」とでも言うように、何匹もの緋色の小ネズミ達がわたしに向かって鼻をひくつかせた後、サッと駆け出して行った。

 結局ハディスは王城には居なかったし、何処にいるのか知ることも出来なかったけど、王国中に散らばっている小ネズミ達なら伝言を伝えることくらいは出来るだろうと試してみたんだけど、あの反応なら何とかなりそうかな。


「放っておけば良いんですよ、あんな男。尊い桜の君のお心があんな男に煩わされるなど許せません。」


 すっきりした視界には、夜の帳の降りた中、整えられた木立が広がっている。遠くにチラチラと見える朱の光は建物から漏れる灯りかもしれない。

 オルフェンズの言う『あの男』ってハディス?ううん、それなら「赤いの」って言うだろうし、だったら―――考えない方が心臓に良いわね。


「そうは言っても、わたしが帝に手を付いちゃって、帝とかぐや姫が溜めた魔力を溢れ出させた様なものなんだから気になるわよ。」


 その溢れ出た帝の凄い力が原因で、王様が魔力過多と拒絶反応を起こしてしまったんだし‥‥。責任を感じるなって言う方が無理でしょ?


「何を言ってるんですか?あれは父の魔力じゃないからこそ弾き出された国王の魔力ですよ。」

「へ!?」


 キョトンとしたオルフェンズの表情に、わたしまで素っ頓狂な声が出た。


「代々の国王が父に押し付けた不快極まりない自己満足の賜物の様な魔力ですから、お返ししただけと云うことになりますかね。有り体に言うなら、父には何ら必要のない廃棄物、老廃物が出ただけです。」

「そんなデトックスみたいに‥‥。」

「それが飛び出てあの男に取り憑いたのは、もともとがあの男の血族の物だったから馴染みが良かったのと、あの男自身の物が混じっていたからに他なりません。」


 何だろう、ちょっとは責任を感じていたんだけど、それが馬鹿馬鹿しくなる様なカラクリまで明かされて、気持ちが付いていかないわ。変な乾いた笑いが込み上げて来そうよ。代々のフージュ王国国王が生命を削ってまで帝石に注ぎ込んだ魔力は、実は不必要どころが害になっていて、親切の押し売りのでしかなかったなんてね。

 それで帝はあんなに苦しそうな声を上げていたのねー‥‥。



 何となく足を進めるわたしに合わせる様に、オルフェンズがピタリと並んで歩いてくれる。いつもは困らせられる事も多いオルフェンズだけれど、こんなところはしっかり紳士だから、調子が狂ってしまう。

 周囲はいつの間にか木立を抜けて、似たような建物が幾つも立ち並ぶ一角に辿り着いていた。キョロキョロと見回してみるけれど、頭の中の景色に該当するものがなくて首を捻りつつ更に進んでみる。


 デートの続きって言えば街のどこかへ連れ出してくれるだろうとは予測したけど、オルフェンズの認識は一体どうなってるんだろう?


 目印になるような商店の看板ひとつ無く、特徴的な建物も無い。何処まで行っても豪奢だけれど似た様な建物が立ち並んでいる景色に、ふと違和感が過る。これって本当に普通の街並み?と。




 幾つかの灯りの漏れる窓のうち、ボソボソと話し声の聞こえる窓枠の側に張り付いてそろりと中を覗けば、そこにはいつか着たのと同じローズグレイの隊服を纏った青年達が何やら活発に談議をしている。

 ちょっとだけ、今の状況を考え直してみた。王妃から、王子やハディスを選ばないと大変なことになると話をされて、捨て台詞を残して逃げ出したわたし。捕まったら再び婚約脅迫に巻き込まれるから、今のところ王家は逃げなきゃならない相手。


 なら、これって敵地のど真ん中だから――――!

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