第60話 おっとりして嫋やかそうな王妃様は、やっぱり王妃様になるだけある人よね。くうっ。
赤いドレスを着せようとする王城侍女と、頑なに巫女装束を通そうとするわたしの静かな攻防は続く。
「そう云う訳には参りません。私共が王族の方々に招かれたお客様に対して満足におもてなしが出来なかったとあれば、王家の顔に泥を塗ることになってしまいますから。」
「いえいえ充分すぎるほどの厚遇に恐縮しておりますから、どうぞこれ以上はご容赦ください。」
なんて押し問答が延々と続き、互いに疲れて笑顔が引き攣り始めたころ、コンコンコン・と扉がノックされた。
侍女が顔色を悪くしつつ「あぁ、間に合わなかった‥‥。」なんて呟きながら、最終確認のようにドレスを手にして何とも言えない視線を送ってくるけど、訪問者を扉の外に立たせて着替えてる時間もないはずだ。時間があったとしても、特に赤色の誰から贈られたか分からないドレスだけは着たくないしね。
「お待たせするのも申し訳ありませんから。どうぞ、お客様をお通ししてください。」
にこりと微笑めば、侍女はしぶしぶ扉に手を掛けた。
扉の向こうにいるのは、侍女の反応からもしかしたらとは思っていたけれど、やはりそこに立っていたのは王妃だった。しかも私的な意味合いを強調してか、女性の近衛騎士一人を伴っただけのごく少人数での訪問だったようだ。
優雅な笑みを浮かべる王妃は、『月見の宴』で見掛けたときよりもやつれている印象を受ける。今日だけでも色々あったから仕方ないんだろうけどね。わたしのところなんて来ずにゆっくり休めばいいのに。
「ドレスは着なかったのね。残念だわ。あの子のことは私たちも応援しているのだけれど。」
「はいぃ!?応援って何ですかっ、いえ、どういう意味でしょうか!」
それにあの子って!?いや、赤色を持ったあの子なんて、一人しかいないんだろうけど!
混乱するわたしを置き去りにしたまま、優雅な笑みを浮かべた王妃が「少しお話ししましょうか」とソファーを示す。
「まさかあの子が法令をねじ曲げてまで、継承者候補の入城を阻む手配をするとは思っても見なかったのよ。余程大切に思っているんでしょうけど、困った子ね。」
「は、はぁ?光栄です‥‥え?いったいなんのお話で?」
駄目だ、状況も内容も意味が分からなくて間の抜けた返ししか出来ないわ。って言うか、やっぱり王城入れたんじゃない!ハディスめ――!
「かといって、あの子との縁談を潤滑に進めるには、この国で唯一貴族制の爵位に捕らわれない継承者候補の地位を活かすのが最も有効なのにねぇ。危険が差し迫っている今だからこそ、近寄らせたくないのは分かるけど、既に
えーっと、これは義姉がまさかの義弟の後押しをしに来られたのかしら‥‥気まずいわ。
「貴女がそのまま頑張れば、黄金のドレスも、赤いドレスも思いのままって意味ね。」
「えっ?」
ふふっ、と意味深に微笑まれて思わず首を傾げる。
ハディスの後押しかと思ったけど、黄金は王族の纏う魔力の色‥‥まさかとは思うけど、いや、まさか‥‥。
「4歳の年の差でまだ少し頼りないところも見えるとは思うけど、アポロンも気を許しているみたいだし、ミーノマロ公爵が後ろ楯にもなってくれそうだし、不可能な話じゃないわ。」
ヒィィっと、悲鳴をあげそうだったわ。堪えたわたし、偉い!いや、王命で来られたら厄介すぎるからしっかり否定しとかないと!
「王妃様‥‥あのっ、身に有り余る評価は痛み入りすぎて心臓が辛いのですがっ‥‥わたしは王族に名を連ねたいなんて、身の程をわきまえない権力欲なんてものは持ち合わせてなくって‥‥バンブリア商会を一緒に盛り立ててくれる婿養子を取ることが望みなのです!」
「けどね、貴女一人がそんな希望を謳っていられる段階はとうに過ぎてしまったのよ。」
結構意気込んで思いを伝えたのに、秒で否定された‥‥。おっとりして
「既に神話の時代からの脅威として周知されている月の忌子を討伐し、国王陛下から正式に継承者候補だと認められているもの。貴女の立場に危機を感じるものからは狙われ、貴女の肩書きを欲する者は、ただの商会の跡継ぎになったとしたらその居場所を奪っても貴女を得ようとするでしょうね。」
えーそんな重要人物になってるのぉー!?って言うか、わたしが商会に拘ったら商会を潰してでも手に入れようとするだなんて、それは‥‥。
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