第59話 わたしの鈍感な機器察知センサーでさえけたたましく警報を鳴らすこの状況は?

 魔力の渦が消えた後、王子の両手首には成人男性に強い力で掴まれたような、赤い大きな手の痕が残っていた。


「アポロニウス王子!」


 ギリムと、騎士3人が、帝石から両手を放して、地面にどさりと尻餅をついた王子のもとへ駆け寄ると、アポロニウス王子は呆然と自身の手首の痕を眺め、それから「ははは‥‥」と疲れ切った中にも、何処か吹っ切れたような表情で声を立てて笑う。


「託されたみたいだ‥‥。私に力を貸してくださった――のだと思う。不思議と身体が軽い。」


 晴れ晴れとした顔の王子とは対照的に、ギリムは両目を眇めてその様子をじっと窺っている。


「バンブリア嬢、俺は全ての事情が分かっている訳ではないが、王子にくっ付いている魔力がさっきまでとは変わっている気がする。あの石は、何なんだ‥‥。」

「あ、そっか。ギリムは始めましてだもんね。紹介するわ。フージュ王国初代国王『帝』こと、オルフェのお父様よ。」


 帝石に向かって手を向けるけれど、ギリムは益々困惑したように深い皺のよった眉間を揉み解し始める。


「――それは聞いたが‥‥。そもそもその石が帝とはどういう事だ?お前の護衛が帝達の子供だと言ったのもおかしいだろう!?帝は神話の時代に生きた御仁だぞ。」


 困惑を全面に押し出したギリムに、国王やミワロマイレと一緒にここへ来てから新たに知った事柄をサラッと説明すると、ギリムだけでなく一緒に話を聞いた護衛までもが魂を飛ばしたように呆然としてしまった。





 デウスエクス王は、未だ臥せったまま、意識も戻ってはいない。アポロニウス王子が国王の手を握って王の体内に入り込んだ余計な魔力を弱化するよう魔法を使うと、生命を脅かさんばかりだった余分な魔力は随分とその量を減らしたようだった。けれど、まだ意識を回復するまでには至らないらしく、ポリンドの帰還は必須な状況は変わっていない。


「バンブリア嬢が私に指示した『サラダの千切り人参をフォークの間にそっと通す様な魔力操作』と、帝が私に与えてくれた彼の魔力のお陰だ。」


 にっこりとイイ笑顔を浮かべながら、王妃や王家の主治医、王城仕えの魔導士を束ねる魔導士長、ミワロマイレたち錚々たる顔ぶれの中、そう宣言してくれたアポロニウス王子は、わたしを不敬罪にでもしたいのだろうか‥‥。「魔力操作をサラダの千切り人参で例えるとは‥‥。」って魔導士長が卒倒しそうになったりして冷や冷やしたけれど、結果的に国王が回復したし、微笑んだ王妃に謝意を伝えられただけだったわ。―――よかった‥‥。


 良かったんだけれど、結局今日訪問したカヒナシの2人とミワロマイレのお供2人、そしてギリムは今後の国防の話に多大に関わるとかなんとかと慌ただしく伝えられ、王城へお泊りさせられることになった。と言うわけで、ミワロマイレのお供のわたしは、当然の様に王城内の数多くある客室の一つが宛がわれた。

 ―――のだけれど。


「どうしてわたしだけ、他の皆さんのお部屋から離れてるんでしょうか‥‥?」


 案内された場所は、わたしだけが他の5人とはフロアも違う一角だった。


「ご令嬢を殿方達と同じフロアにお泊めするなどあり得ません。本日は、アポロニウス王子への多大なるご助力を頂いたと伺っております。どうぞ、こちらでごゆるりとおくつろぎくださいませ。」


 侍女まで付けてもらって破格の待遇なのは分かってる。分かってはいるんだけど‥‥。わたしの鈍感な機器察知センサーでさえけたたましく警報を鳴らすこの状況を脱するべく、一応抗ってみる。


「あの、わたしは巫女なので、この纏っている巫女装束で充分なのですが。」


 目の前のチェストには寝間着と言うには豪華すぎるドレスが置かれており、ただのインテリアと考えるには無理がありすぎるし、こんなものを貰う理由もないので慄いてしまう。これに袖を通してしまったが最後、きっとまた予測も出来ないような事に巻き込まれてしまう‥‥そんな嫌な予感がビシバシするのよね。


「バンブリア男爵令嬢とお伺いしております。でしたらドレスのご用意で間違いないかと。」

「あーはい。間違いではないのですが、今は巫女としてお伺いしていると言うか、タダより怖いものはないと言うか‥‥出来れば巫女のままそっとしておいていただけると有難いのですけれど‥‥。」


 しかも既視感かなぁ?ドレスの色は赤に見えてるわ。王城仕えの侍女と言えば、男爵家よりもずっと家格が上のご令嬢方が務めていたりするから下手に強気な事も言えないけど、赤は着たくないんだよね。だからこのままの巫女装束でいさせてもらえる様にごねまくるしかないわ!

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