第56話 「心地好い」って‥‥「温かい」って!!

「石に魔力を戻すことは出来ないだろうか?私は父上を助けたい。」


 礎を止めさせたいオルフェンズの思惑とは真逆のアポロニウス王子の主張に、一瞬ひやりとしたけれど、オルフェンズは僅かに息を吐いただけで、特に苛立った反応も見せなかった。


「それは無理でしょう。帝は‥‥父母は、幾星霜の時を乗り越えられるよう黒い魔力を用いた魔法を使って、父の身体を魔石へと結晶化させ、国に蔓延る黒い魔力を集める礎としたのです。この国を囲む俊嶺は父母の巨大な魔法行使の跡です。父の弱化の魔法が黒い魔力の生成と侵入を阻んで一つ所に集める役目を果たし、母の黒い魔力を取り込む力を利用して月へ送る結界としたのです。装置モノとなった父が壊れた以上、機能を取り戻すことは有りません。」


 ひんやりした笑みと共に吐き出される言葉は、口調は穏やかだけれど、刺々しさが漂っていて心臓に悪い。


「オルフェ‥‥お父さまを装置モノになったとか、壊れただなんて言わないで?貴方が傷付くだけよ。それに、本当にお父さまが何も感じていないのかなんて分からないじゃない。オルフェが魔法で何年、何百年も先へ飛んでも生きているのと同じように、帝もこの石の中で生き続けているかもしれないわ。――だから、確かめさせてほしいの。」

「何をですか?この石の割れ目を見てください。どこまでも夜の闇を写し取り凝り固まった様な、黒曜石そのものの様子なのですよ?この滑らかなだけの石の何処に人間の生きている証を見る事が出来るのでしょう?血の一滴すら出ておらず、骨の断片、肉の一欠片すら見当たらないのです。」


 確かに、目に写るのはオルフェンズの言う通りのモノで、亀裂が入る前まで立ち上っていた黄金の魔力は僅かも見当たらない。


「けど、わたしとアポロニウス王子は声を聞いたわ。同じ言葉だったのよ。だからわたし達に帝の声が聞こえるか試させて欲しい。」


 もしかしたら王様の状況を少しでも良くする糸口が見付かるかもしれないし、オルフェンズのお父さまなら尚のこと、このままにしておきたくないもの。


「――まぁ、良いでしょう。桜の君のやることに、私が否やを唱えることはありませんから。」

「ありがとう。」


 よし!一瞬いつもの笑みが消えたから、ちょっと怖かったけど、何とかオッケーをもらえたわ!


「どうするつもりだ?バンブリア嬢。」

「ひとつだけ、試してみたいことがあります。さっき、声が聞こえたのは国王陛下が帝石に魔力を送った時でした。だから魔力を送ってみたらどうかと思うんです。アポロニウス王子には今、自分の魔力だけじゃなく、元から帝石のものだった魔力も交じっているから、国王陛下がやった時よりも帝石を苦しめないとは思いますから。」

「父上の魔力が帝を苦しめた、と?」

「はい。王子が今感じていらっしゃる具合の悪さ以上の不快感だったかと思いますよ。」


 それこそ生命を縮めるほどの、渾身の魔法だったんだから。


「魔力を流してみましょう。」


 言いながら帝石に触れてみるけれど、やっぱり特に伝わってくるものはない。ツルツルと滑らかで、魔石特有の冷たさを感じない感触があるだけだ。


『ぢぢぢっ』


 軽やかな足取りで、不意に顕れた緋色の大ネズミが駆け寄ってくる。


「あなた!消えたと思って心配してたのよ!!良かった、無事だったのね!」


 言いながら、迎え入れるように両腕を開くと、大ネズミはいつものようにひとっ飛びに、頭の上に乗った。

 なぜかハディスが側に居るような、心地好い温かさがするような気がして、気持ちが軽くなる気がする。

 ふと視線を感じてそちらに目を向けると、アポロニウス王子が生暖かい視線を向けて来ていた。


「あっ‥‥アポロニウス王子?わたしはただ、急に消えちゃったこの子が心配で、この子が戻ってきたから純粋に嬉しいだけで、他意は何も無いですからね!?」

「あぁ、分かっている。だがバンブリア嬢、ひとつ良いことを教えてやろう。魔力の化身はひとつの生命ではなく、継承者の魔力の塊だ。全体がひとつ。ひとつが全体。全てが持ち主に結び付いている、そう云う存在だ。」


 一瞬、意味が分からなくてポカンとしてしまう。魔力の化身の大ネズミこの子は消えたからと言ってイコール死では無かったらしい。

 いや、それよりも‥‥持ち主に結び付いている魔力の塊に「心地好い」って‥‥「温かい」って!!

 多分わたしの顔色は、頭の上の大ネズミよりも赤くなってる気がする。くそぅ、王子め!こんな重大なタイミングで言うことじゃないでしょー!

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