第57話 サラダの千切り人参をフォークの間にそっと通す様な‥‥

 程よく緊張の解けたわたしと王子は、そろって帝石に触れてみた。独立した生命体ではないと聞いた大ネズミだけれど、それでも消滅されるのは嫌だったので、魔力はまだ流さないようにお願いしてある。


「黒い魔力を固めて結晶体になったのなら、そのずっと奥には核になる人‥‥帝が存在するはずなんです。そこに触れるように、王子の魔法を奥底に向けて流すことは出来ますか?何て言うか、裂け目から手を差し込んでそこに隠れてる帝を包み込むような‥‥。」

「試してみるしかあるまい。それに、帝に私の手が届いたなら、光栄の極みであろうしな。」


 不調を感じさせない強い意思の光を瞳に宿して、アポロニウス王子は帝石に向き合う。世紀の偉業に男の子らしくワクワクしているらしい。オルフェンズは止めないとの言葉通り、黙って見てくれているみたい。

 ギリムと騎士達は、訳がわからないという表情で、わずかに離れて邪魔をしないようにしつつ、王子の警護をしている感じだ。


「では、帝が私に応えてくれるか、やってみよう。」

「えぇ、応援してるわ。」

『ぢぢ』


 やる気に満ちた王子に任せて、一歩下がる。


 ふわりと、王子の身体が黄金の輝きに包まれ、その光が王子の手から帝石に移って石全体を黄金色で包み始める。

 途端に辺りに漂い始めた嫌悪感に、知らず眉間にしわが寄る。


「王子!違うわ、気持ち悪っ‥‥全体に魔法をぶつけるんじゃなくって、もっと針に糸を通すような‥‥王子は持ったことないわね。そうね、もっとサラダの千切り人参をフォークの間にそっと通す様な‥‥訳が分からなくなってきたわ。とにかくそんな慎重な感じで!」

「ぐ‥‥なかなか、注文・が多いな。――やってみよう‥‥。」


 魔力を流す王子自身も具合が悪いらしく、顔色を悪くしている。

 けれど、真面目な王子らしく大きく深呼吸を何度か繰り返して再度集中すると、今度は王子の指先から細い金の糸の様な魔力が流れ出て来た。


 するすると伸び続ける糸は、そのまま帝石の裂け目に入り込んで行く。


 先程とは違い、アポロニウス王子の表情も幾分か穏やかな気がする。オルフェンズも、わたしの頭の上の大ネズミも静かに見守る中、指先で何かを探る様に目を瞑ってじっと集中していた王子が、ピクリと肩を揺らし、やがて驚いたかのように大きく目を見開いた。


「居た‥‥。」


 吐息と共に零れた言葉が、アポロニウス王子の感動を伝えて来る。


「っ!!何を世迷言を!!」

「オルフェ!」


 途端に激高し、取り乱した様子のオルフェンズが王子に掴み掛かろうとし、わたしは慌てて2人の間に身体を割り込ませてオルフェンズの突進を止める。


「父はとうの昔に亡くなっている!それを‥‥勝手なことを言うのは許しがたい冒涜だ!放してください、桜の君!!」

「放さないわよっ!大ネズミさんっ、協力して!!」


 オルフェンズの腰に正面からしがみついてタックルしたような状態のわたしは、頭上のネズミにも協力を呼び掛ける。だって、オルフェンズの馬鹿力って、今更だけどとんでもないんだもの!路地裏で出会った時に、片腕一本で成人男性を釣り上げてたのを思い出したわよ。

 

 騎士達までがオルフェンズの拘束と、王子の護衛のための確保をしようと動き出すけど、繊細な作業中に邪魔をされるのは困る。


「ギリム!騎士達を止めて!王子は今、帝を見付けたから動かしたくないの!オルフェは帝達の子供だから少し取り乱してるだけ!」

「ばっ‥‥馬鹿な!?そんなことがっ!?」


 驚きのあまり躊躇いつつも、真剣な王子の様子に納得してくれたのか、何とか騎士達を止めてくれる。


 一方、わたしの懇願に応えて大ネズミはすぐに行動に移ったらしい。


「ぅわっ!ぅぷ‥‥離れろ!この、糞ネズミ!!くそ、赤いの‥‥!」


 オルフェンズらしくない言葉にそろりと首を上げて、罵詈雑言を続ける声の主の顔を見て―――。


「ぅふっっ‥‥。」

「桜の君っ!笑っていないで何とかしてくださいっ!!」


 大ネズミは、引き剝がそうと両腕を振り回すオルフェンズに触れられないのを良いことに、ひしと彼の顔面に張り付いていた。触れないけど視界にはしっかり入る緋ネズミらしい抵抗の仕方に笑いが止まらない。力が抜けるから止めてほしい。


「バンブリア嬢!一緒に聞いてほしい!」


 王子がこちらを振り返り、一瞬目を見開いて固まった気がするけど「分かった!」と答えると、そのまままた帝石に向き直った。けど、どうやって聞けと?ま、いっか。


「オルフェ、聞こえたわね?一緒に聞くわよ。」

「―――ふ、はぁー‥‥。この糞ネズミをけしかけられないのでしたら、喜んでお付き合いいたしますよ‥‥。」


 大ネズミが、ピョンとわたしの頭上に飛び移ると、彼にしては珍しい疲労困憊の表情が表れて、再びわたしは笑いの発作に襲われそうになるのを堪える。


「取り敢えず、手でも繋いでみればいいかしら?」


 オルフェンズと手をつないで、両手を帝石に当てたまま集中する王子の右手の上にそっと手を重ねてみる。王子の放つ金の魔力を辿るつもりで意識を集中して行くと、頭の中に再びあの声が聞こえ始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る