第53話 いい気味だって言って見捨てるような素振りを見せながら、助けの手を差し伸べるなんて。

 神器『仏の御石の鉢』を手にしたミワロマイレとギリムの背後に従って、デウスエクス国王の私室の奥の扉から繋がる寝室へ踏み入ると、部屋の中央に、わたしたち家族4人が揃って余裕で寝転がれそうなほど巨大なベッドが有り、その上で先程円形庭園で見た時と少しも変わっていない苦しみ様の国王が、手負いの獣の様に蹲って呻いていた。


 そのすぐ傍には、床に膝をついて寄り添う王妃が苦し気な国王に負けないくらい辛そうな表情で、国王の手を握ったり、背を摩ったりしている。


 先に診察をしていた王家の主治医や、呪文を唱えながら水晶を翳して何かを覗いて深刻そうな表情を国王へ向ける魔導士は、互いに難しい顔をしながら所見を話し合った後、静かに頷きあってひとつの結論を口にした。


「陛下の症状は病とは関係の無いものです。何らかの原因で現れた強い魔力が体内に溶け込めず、拒絶反応を起こしております。魔力過多と拒絶反応、これが陛下を蝕むものの正体です。この状態が続けば、いたずらに体力を消耗し、やがては最悪の事態が訪れるでしょう。」


 水晶を覗いていたのは、急遽呼ばれた王城仕えの魔導士を束ねる魔導士長で「こんなときにポセイリンド閣下がおられないのは痛手です‥‥。」と、顔を歪ませる。


「ならば私の神器の魔力で、魔力に抗う持続力を更に高めてみせようか。さすれば、別の解決策が現れるやもしれんし、もしくは王弟殿下が帰還なさるやもしれんからな。」


 ミワロマイレが『仏の御石の鉢』を手に、そっと王妃の隣に並ぶと、涙で言葉を詰まらせながらも気丈に「お願いします。私は陛下の折れないお心を信じております。」と、彼に返答するのが聞こえた。完全回復は無理だけれど延命措置ならば可能だと云うことらしい。


 この部屋に入る前にギリムから、黄色い魔力では自身の力を高めた状態の持続をすることしかできず、不調を瞬時に取り除く『治癒』は施せないことを聞いた。それは、ポリンドの青龍の力でないと駄目らしい。今回は特に時間経過と共に回復して行く一過性の病気などではないから、黄色い魔力はもしかすると苦しむ時間を長引かせるだけになるかもしれないけれど―――と、唇を噛んでいた。


「ポリンド講師の青龍もそうですけど、もうお1人の王弟殿下はどこにいるんでしょうね?お兄さんのピンチなんだから今すぐにでも颯爽と現れるべきじゃありません?」


 静かに『仏の御石の鉢』の魔力を国王に施すミワロマイレの後ろ姿を見ながら、隣に立つギリムにひっそりと声を掛けると、あからさまなため息を吐かれる。


「取ってつけた様な、耳障りの良い大義名分ばかり言っていないで、ホントのところを言葉にしたらどうだ?案外それが一番早くコトが進む気がするぞ‥‥。お前の呼びかけになら、あの男はすぐさま戻って来る気がするんだが。」

「いくらなんでも大げさよ。自慢の護衛だけどね。それに、今呼び出さなきゃならないのはポリンド講師であってハディじゃあないわ。」

「ならどうしてもうお1人の王弟殿下のことまで口にしたんだ?ここに来たのも王弟殿下そのことがあったからだろうに、わからん奴だ。」


 呆れられても仕方ない。自分でも矛盾してると思ってるもの。けど、本当に薄情なようだけれど、倒れている国王のためにポリンドを探すよりも、わたし自身が再会を望むハディを探したい気持ちの方が何倍も強くて、頭の中を沢山占めてしまっている。


「情けないわ、そんなことをしても利が見えないのに‥‥。」


 呟くわたしにギリムの何とも言えない視線が向けられていた。




 扉の向こうからバタバタと云う音と、騎士たちの誰かを止めようとする声が響いてきたかと思った次の瞬間、勢いよく寝室の扉が開かれると、そこから息を切らしたアポロニウス王子が飛び込んできた。


「父上!お気を確かに!!」


 真っすぐに父親であるデウスエクス王の傍まで駆け寄った王子を見て、騎士たちが「誰が王子に話したんだ!?」「極秘事項でまだ王子にもお知らせしていないはずだが‥‥。」などと話して、困惑の様子を見せるけれど、相手が王子だけに下手に止めることも出来ない様だ。


「アポロニウス、静かになさい。陛下はおひとりで戦っておられるのですから。」


王妃が、騎士たちの制止を振り切って飛び込んで来た王子にちらりと視線を向けて制する。


「母上、そのことについてお話があります。ほんの少し前、城内に大きな音が響いた後で、私のところに突然現れた者がいたのです。そしてその者が、私にここへ来るように言いました。――私になら国王に宿ってしまった得難い稀有なる輝きをもつ魔力を引き受けることが出来るはずだ‥‥と。」


 王子がちらりとわたしに視線を向ける。

 うん、急に現れたことと良い、現れたタイミングと良い、その言い回しと良い‥‥アポロニウス王子のところに現れたのは間違いなく、わたしのもう一人の護衛な気がするなぁー‥‥。


 いい気味だって言って見捨てるような素振りを見せながら、助けの手を差し伸べるなんて、いったい何を考えているのかしら?

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