第52話 まさか憑りつくなんて物騒な事はないわよね?

「陛下?お気を確かになさってください。」

「あぁ‥‥ぁぁ‥‥。」


 ふらつく国王に気付いたミワロマイレが差し伸べようとした手を、煩わしそうにはね除けて、デウスエクス王が何かに耐えるように両手で頭を抱えてうずくまる。苦悶に満ちた国王の声は段々と大きくなり、ついには絶叫となる。


「あ"あ"あ"あ"‥‥!!」


 その声は、頭に直に響いたあの声にとてもよく似ていた。

 取り乱したように叫び続ける国王を金色の光が包み込んでいる。金色は国王の魔力の色なのに苦しんでいる意味が分からないけど、隣でオルフェンズがフンと鼻を鳴らすのが聞こえた。


「あの男に宿るのは口惜しいですが、これで少しは他人の魔力と拒絶反応を起こして苦しんだ、父の不快さを思い知れるでしょうね。」

「どういうこと?まさか!」


 帝石を見やれば、そこから漏れ出た金色の魔力の帯はいつの間にか天ではなく、全てが国王のもとへ向かっており、更にその体内へ溶け込み続けている。


「帝が魔力を王様に与えてるの?!それとも‥‥。」


 まさか憑りつくなんて物騒な事はないわよね?伝説の帝がそんなことしないわよね!?そう思うのに、オルフェンズのほの暗い不敵な笑みを浮かべて何も言わない様子が不穏すぎる。オルフェンズの言葉と、苦しみ続ける国王から判断すると、彼に注ぎ込んでいる帝石の魔力は、彼を助けるものではない様に思えてしまうんだけど‥‥。




「「陛下!!」」


 突然、第三者の声が響いてそちらへ視線を向けると、さっきまで、この円形庭園に入る唯一の扉があったはずの場所に、ぽっかりと口を開けた穴から、王妃とともに廊下の途中に残ったはずの騎士たちが駆け付けて来た。


「あなたっ‥‥!!何があったのですか!?ひどい音が聞こえた後、急に魔力の拒絶が消えて踏み込むことが出来るようになったものの、この場所の有様は‥‥。」


 3人の騎士達に先導され、支えられながらやって来た王妃に、心配と困惑の入り交じった表情で状況説明をするよう促されるけれど、誰ひとりこの場所がこうなった理由も、国王がどうなっているのかも答えられない。わたしたちも初めてやって来たこの場所で、急に巻き込まれたんだから。


 苦しみ続ける王とわたしたちは、共にに騎士達に連れられて、その場を後にした。





 デウスエクス王が寝室に運ばれ、まずはミワロマイレが治癒院でやっているように自分の魔力の『持続力』で王様に働きかけて、症状が快方に向かわないか実際に試みていたけど、うまく作用はしなかった。次いで王家の主治医が呼ばれる中、わたしとミワロマイレは揃って事情聴取のため、そのまま王城の一室へ連れて行かれた。何らかの容疑者として牢の様な場所に連れて行かれるのではなくて心底安心したわ。けど案内された国王の寝室に程近いその部屋は、国王の助けになることが出来るんじゃない?!って無言の圧を掛けられているようで、それはそれで落ち着かない。

 オルフェンズは円形庭園に、王妃と騎士たちが姿を見せる直前に、現れた時と同じ様に唐突に姿を隠してしまっていたわ。


 廊下へと繋がる扉は開け放たれており、寝室へ運び込まれた国王の所から忙しく人が出入りしているのが分かる。最初はお医者さんと助手の様な人たちがパタパタと駆けて行くのが見えたけど、しばらくして騎士が行き来し、いかにも魔導士然とした黒ローブ姿の人達がさらに寝室へと向かって行くのが見える。


 それから僅かに間をおいて見慣れた顔が扉の向こうから現れた。


「マイアロフ様!」

「なんっ!?」


 わたしの呼びかけに、神職者らしい純白の裾の長いローブに片眼鏡モノクル姿のギリムがぎょっと立ち止まる。


「バンブ‥‥!?いや、ヴェールはどうしたんだ!?」

「この破廉恥娘に変装や潜入なんて、落ち着きの必要な芸事は無理だったんだよ。」


 変装の件を知っているギリムは名前を呼ぶのを堪えたみたいだったけど、ミワロマイレがあっさりと、わたしの計画の失敗をバラしてくれた。事実だけに何も反論できないわ。


「‥‥だろうな。大神殿主様、至急こちらに赴く様、治癒院へ王城より使者が来たのですが。」

「あぁ、私の力ではどうにもならなかったからな。神器を使えばあるいはと思い、使いを走らせた。持って来てくれたか?すぐに患者の所へ向かいたい。」

「はい、こちらに。」


 ギリムから受け取った布包みをミワロマイレが慣れた動作でぱらりと捲ると、そこには片腕で抱えられるくらい小振りで、緩く丸みを帯びたミルク椀を想像させる漆黒の神器『仏の御石の鉢』が現れる。彼が手にしたことで神器が反応したのか、空だった鉢は底からじわじわと水が湧き出て来た。


 水に含まれる鮮やかな黄色い魔力を目にした途端、婚約破棄騒動から始まる数々の面倒事が頭をよぎり、苦いものを食べたみたいに口角が下がりかけたけれど、首を振って気持ちを切り替える。


「王様の所へ行くなら、わたしも一緒に行かせてください。事情聴取はまだ始まらないみたいだし、あの場所で聞いた『声』も気になるし、なによりわたしも今は巫女ですから!おねがいします!」


 ぺこりと頭を下げると、どちらか分からない「どうせダメだと言ったら何か仕出かすんだろ‥‥」なんて低い呟きや、深ーいため息が聞こえたりもしたけど、同行を許可してくれた。

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