第50話 絶叫―――!!?

 首元に巻き付いているオルフェンズの腕を片手で軽くトントンと叩く様に撫でたわたしに、大丈夫だと答える代わりの言葉が返って来る。


「お気遣いなく。私は2人が封印の一部と化すまでは、とても大切に育てて貰いましたから。」


 くぐもったテノールと、うなじへの微かな吐息までもを伴って―――って!


「オルフェ!近いからっ!!ほら、お父様もすぐ隣にいらっしゃるんだから、行き過ぎた密着は禁止―――っ!!きゃぁっ!」


 オルフェンズの腕を引きはがそうと藻掻いてじたばたしていたわたしは体勢を崩してグラリと倒れかけ、咄嗟に近くのに手を付いて転倒を免れようとした。それは咄嗟の当然の行動だと思う。


 だけど手を付いた場所が問題だった。

 わたしの手の平は、しっかりと間近にあった手ごろな高さの物をしっかりと捉えてはいた。


 バシ――――ン


 黒曜石の滑らかな表面を平手で思い切りよく叩いた甲高い良い音が響き渡る。


「なっ‥‥!!帝石がっ!」


 取り繕う余裕もなかった様子の国王が、咄嗟にわたしがまだ片手を付いたままの黒曜石の無事を確認するかのように慌てて手を触れる。


 デウスエクス王は、常日頃からこのフージュ王国の安寧を祈って、何度も何度も、自分の命を費やしてゆくと理解しながらも、自身の弱化の魔力を流していたんだろうと思う。

 そう、触れると同時に発動させてしまう反射的な反応の様に、無意識に魔力を流し込んでしまう程度には。


『 あ゛あ゛ あ ――――――‥‥ ゆ  る   さ‥‥ ぁ な ぁい゛‥‥ あ゛あ゛ あ゛あ゛―――!!! 』


 絶叫―――!!?


 頭がガンガンする!ひどい吐き気がする!悲鳴か怒声か、分からないけど恐慌状態を示す異常な声が頭の中で木霊する。


「だめ!王様っ!!魔力を解いてっ、無くしてっ、戻してっっ!!帝を助けて、苦しめないで、お願いっっ!!!」

「わかっ‥‥なっ!?」


 返答しようとしたデウスエクス王に、短刀を振りかざしたオルフェンズが襲い掛かる。


『ぢぢぢぢっっ!!』

「やめんか‥‥―――!」


 緋ネズミがわたしの頭の上からオルフェンズに向かってダイブし、ミワロマイレがこちらにむかって手を伸ばす。この場にいる全員の意識が、オルフェンズに襲い掛かられようとする、帝石に手を付いた王に集中する。


 それぞれの意識が偶然に魔力を伴い、さらにわたしの魔法による強化が発動した状態で一点に集まってしまう。国王の金の弱化、オルフェンズの白銀の隠遁、ミワロマイレの黄色の持続、ハディスの魔力の化身ひねずみによる紅色の膂力、そしてわたしの桜色の強化――強力な個性を持つ魔法が帝とされる黒曜石ただ1点に集中してしまった。

 辺り一面にめちゃくちゃな光彩が飛び交い、魔力を掻き消し、強化し、目的を持たない強い力の奔流がわたしたちを包み込む様に荒れ狂う。


『 あ゛あ゛ あ ‥‥ あ゛あ゛ あ゛あ゛!!! 』


 ひと際激しい絶叫が頭の中に響くと同時に、脳みそをギリギリ絞られる様な痛みが襲い掛かり、周囲からも誰の物ともつかない耳を劈く様な叫び声が上がって、知らずわたしも悲鳴を上げていた。








「桜の君!」


 いつも冷静なオルフェンズにしては、焦った様な口調に驚いた。


「オルフェ、あなた大丈夫なの?」


 背を支えている腕から微かに震えが伝わって来るし、いつものオルフェンズらしくなさすぎるわ。顔もポーカーフェイスではあるけど、こんな強張っていない筈だし。ホントおかしいわ。どこか怪我でもしてるのかしら?


 そう思いながら、至近距離にあるオルフェンズの頬や肩をぺしぺし触って確認してみるけど、どこに触れても痛みで顔を歪める様なこともなく、特に怪我もないことが分かって、安心のあまりへにゃりと笑みがこぼれた。


「大丈夫も何も倒れているのは桜の君の方ではありませんか。何故私の方を心配するのですか‥‥。」


 泣きたいのを堪える様な、眉尻を下げた笑みを向けられて、ようやくわたしは石の叫び声を聞いてからすぐの記憶が抜け落ちていることに気付いた。


 身体は痛みもないし、取り敢えず動きそう。頭の上に緋ネズミは居る気配が無い。王様とミワロマイレは――目に入らないけど、そもそも視界が、わたしを膝の上に抱えて覗き込んでるオルフェンズで埋まっちゃってるから見えないのよね。気持ちの悪い魔力も頭痛も、叫び声も聞こえない。白銀の紗に包まれているわけじゃないけど、周囲の様子は記憶が飛ぶ前の恐慌状態とは打って変わって凪いでいるわね。


「―――オルフェ、今一体いつなの?」


 ぽつりと呟くと、この男にしては珍しく驚きに目を丸くした。

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