第48話 変わらぬ形骸を傍らにどれだけ永く置いたところで、一時心は休まりますが、それはあくまで刹那のこと。

「母が亡くなっても同じでしょう。ただ、母だけは変質や魔物化を引き起こす黒い魔力を飼い慣らす事のできる人でしたから、黒い魔力が存在する限り母が生命を全うすることは難しいでしょう。あの人は、黒い魔力を取り込んで自らの力としてしまいますから。」


 切なげに、オルフェンズが見上げるのは黒曜石から遥かに上の

 これってもう、間違いないよね?


「銀の継承者よ‥‥まさか、お前は女神様の御子だと言うのかい?女神様と帝との間には、御子が生まれていた‥‥――と?」


 へたりと地面に突っ伏していたはずのミワロマイレが、震える腕で地表を押しつつ上体を起こしながら、驚愕の視線をオルフェンズに向ける。


「さぁ?」


 相変わらず薄い笑みを絶やさないオルフェンズだけど、答える時だけ笑顔が自嘲気味に歪んだのが分かった。何で?と考える間も無くデウスエクス王が勢い込んでオルフェンズに近付こうとするから、慌てて腕を引いて止める。もちろんオルフェンズも反応して短刀を投げてるから、王様をつかんで無い方の手で握った扇で叩き落とす。あーもぉ、男子って血気逸ってる人ばっかなの?!


「ならば!神話の時代から生きているのならば、月の忌子ムーンドロップを防ぐ方法が分かるのか!?」

「結界を無くせば良いでしょう。今までの、それこそ神話と言われるほどの遠い昔から永きに亘って、父母のみに押し付けてきた封印を解けば良い。そうすれば、地上の魔力は月に集められて凝ることもないから月の忌子ムーンドロップになどならないでしょう。」


 オルフェンズの冷めた瞳がデウスエクス王を掴んだわたしの手元を見るから、慌てて手を離す。

 まだ王様が、オルフェンズ向かって突進しようとするなら裾でも踏むしかないのかしら?なんて戦いていたけど、どうやら動く気配はないみたい。良かった。


「しかし、それでは‥‥。」


 国王が呻く様に呟く。

 女神のお陰で、今まで月に溜めることによって地上から減らされていた、魔物を生み出す黒い魔力が地上に留まると云うことだ。それによって確実に増えるであろう魔物や魔獣が勢力を増せば、人が蹂躙され、追い詰められていった神話の時代に逆戻りだ。

 ただ、それは推測でしかない。それに何より、太古に黒い魔力を封印した当初よりも小さくなっている月は、封印を解こうとしていない今現在でも、魔力を溜める力が弱くなっているんじゃないかな。ポリンドも言ってた、月は昔は今よりもずっと大きく光り輝いていた‥‥って。だから遅かれ早かれ、封印の力は消えてしまうだろう。それに―――。


「あなたのご両親にいつまでも甘えてないで、自分たちの時代のことは、自分たちでやれば良いって云うことよね。」


 自分のことは自分でするべき。分かりやすいくらい、単純な訴えだ。大人が子供によく言って聞かせるのを耳にするくらい、基本的な事が今の時代のわたしたちには出来ていない。ただ、それを実行に移したとしても、オルフェンズとご両親には問題が残る。


 自由になるけど命が終わる、それも事実。


「オルフェ、帝が封印から解放されたら、2度と会えなくなるんじゃない?」

「変わらぬ形骸を傍らにどれだけ永く置いたところで、一時心は休まりますが、それはあくまで刹那のこと。すぐにそれ以上の虚しさに襲われますよ。」


 実施済みの口調ってことは、ご両親以外の誰かで試したことがあると云う事よね。う‥‥うん、そんな話もしていたわ‥‥ね。


「変わらぬよりも、変わり続ける姿を見続け、思いもよらぬ反応を返されることが、今は何よりも愉しいのです。」


 キラリと光るアイスブルーが、しっかりとわたしを捉えるけど、そこに恋慕う熱はないことは分かる。執着されてることはハッキリしてるんだけど困ったものだわ、雛の刷り込みみたいなものよね。


「今を生きるために、過去を乗り越えなければならないと言うか‥‥女神の御子よ。女神が我々に遺してくださった、継承者と呼ばれる魔力の高い者の能力を引き出す『神器』を用いて、けりをつけろと言うのか。望んで継承者となったわけでもないものを‥‥。」


 ミワロマイレが表情を険しくしながら呟いた言葉に、デウスエクス王が微かに目を見開いて驚きの表情を浮かべつつ、けれどすぐに継承者の処遇を問答している場合ではないと切り替えたのだろう、ポツリポツリと事実と、思いを言葉にしてゆく。


「だが、封印の力が年々弱まっていることも事実だ。黒い魔力を取り込んで明るく輝くはずの月も、その大きさは昔に比べるべくもなく、天の川の発生も、その期間を短くしている。代々の国王が自らの命を縮めるほど大量の、持てる弱化の魔力を礎に注がねばならんほどに。」


 苦悶に満ちた表情で悲痛な声を上げた国王とは対照的に、心底呆れたようにオルフェンズが鼻で笑った。

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