第36話 待ちませんよ?わたしは先に行きますから、追い付いてください。

「とぉにぃかぁくぅー!詳しい説明はあとできっちりしてもらうけど、今は時間が惜しいからっ!!アポロニウス!ハディアベス!こちらへ!!」


 幾分か和らいだ表情になりつつも、未だ焦りを隠さないポリンドは、わたし達の会話を断ち切って、王族2人に声を掛けて急いで何処かへ連れて行こうとしている。とても気になりはするけど、身内だけでの話があるのだと分かる人選に、無理に顔を出すような無粋な真似はしたくないから我慢する。不安を押し隠して、いつも通りの柔らかい表情を作ろうとしているハディスの様子は凄く気になって仕方がないけどね!


 付いて行きたいのと、何が起こっているのか話を聞きたいのとを、ぐっと堪えて3人の王族がその場から立ち去るのを見送っていると、丁度ハディスがわたしの目の前に差し掛かって足を止めた。

 先を行くポリンドからどんどん離れていくけど、ハディスは動かない。何か話があるのに言い出せないって感じ?よっぽど言い辛いこと?


「ハディス様?」


 引き留めちゃダメだとは思うけど、これじゃあ話し掛けずにはいられないよね?

 わたしの声にハディスは、こちらが迷っていたのがバカらしくなるくらいあっさりと振り返ってくれた。たったそれだけなのに、何故か嬉しい気がしてしまう。


「セレ、呼び方。」

「え?ハディ?」

「ん。」


 へにゃりと柔らかく目元を緩ませる、優し気ないつもの笑みが返って来る。


「すぐに戻って来る。僕を待ってて?」


 いつも通りの調子の言葉だけど、それを装った微妙な違和感を感じた。分からなくて首を傾げるけど、ハディスは笑みを深めるだけで何のヒントもない。離れて行くポリンドにわたしの気まで急いて、なかなか考えがまとまらない。


 困ったわ‥‥何か特別な意味を含ませている気がするんだけど、そんな繊細な感情表現を読み解く自信はないわ。

 ――けど‥‥よし、決めた。分かったところで『待って』なんて言葉に返す答えはきっと変わらないし。


 言うべき言葉を頭の中でまとめたわたしは真っ直ぐにハディスの瞳を見返して、にっこりと微笑んで見せる。


「待ちませんよ?わたしは先に行きますから、追い付いてください。」


 思うまま答えると、ハディスはキョトンと目を丸くして、平静を装った笑みアルカイックスマイルが崩れた。


「何を悩んだり、迷ったりしてるのかは分かりませんけど、わたしはわたしの道を行きます。困ったことがあるなら、どれだけでも手を貸して背中を押しますから、頑張って追い付いて来てください。」


 続けて答えたら、ハディスは声を立てて笑った。


「そうだった。セレは、受け身で待つ様なじゃなかったね!だったらいいや、いつも通りにしていて。僕が追い付くから。」

「はい。追い付くのをお待ちしていますね。お互いに貪欲に実利を掴むため、全力を尽くしましょう。」


 胸を張って言えば、ハディスはどこか不敵な笑みを浮かべる。


「あぁ、全力でね。」


 笑いながらわたしの髪をひと房手に取り、あっと思ったときにはもう、その髪に、そっと唇を落としていた。


「じゃあまた。」


 こんなトコロで何をしてくれるのぉぉ―――!!


 心臓が激しく打って、顔の熱は両手で隠しきれないくらい、頭全体を朱に染め上げているのが自覚できる。対して振り返りもせずに、ヒラヒラと手を振りながら立ち去る後ろ姿が、余裕がありすぎて憎らしいくらいだ。開き直った護衛は、わたしの想像以上の攻撃力を持っていそうだ。


「まずいわ、利害関係なしに陥落なんて洒落にならないわ‥‥。」


 紅色の魔力なしに攻撃力を格段に増したハディスに太刀打ちするすべは、今のところ思い付かない。


「もぉもぉもぉっ!わたしは婿をとるんだからぁ―――‥‥。」


 自分を戒めるために口に出した言葉は、随分と力無い様にに感じられた。





 結局その日、ハディスは戻って来ることはなく、いつの間にか彼が手配してくれていた王家の馬車と護衛に守られた物々しい状態での帰宅となって、父母を驚かせることになった。


 王城に留まったままのハディスだけでなく、未だ家出中の弟ヘリオスと、何故か姿を隠したままとなっているオルフェンズの3人が居ない今は、本当に久しぶりの一人きりの時間を過ごすことになっている。ハディスと交代でやって来る大ネズミすら、主人と一緒で多忙なのか、今は本当に誰もいない。

 滅多にない静かな日を有効活用するべく、服や装身具のデザインをするためにスケッチブックを取り出したけれど、静かすぎてかえって落ち着かない‥‥。まさかの事態に呆然と時間を過ごしてしまった。

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