第35話 頑固で無茶で、困ったものね。

 光の速さを目指しているのかと問いたくなる様な超高速飛行を披露し、真っ直ぐに王都へ戻ろうとする青龍のお陰で、わたしたちは行きよりも遥かに短時間で出発地である王城へ戻って来る事となった。


 王城では、わたしが青龍と一緒に飛び出すきっかけとなった不快な魔力はもう消えていたけれど、城全体がざわつき、そこに居る人達が不安を表情に出して隠し切れない、どこか不穏な雰囲気に包まれている。


「青龍!やぁっと戻ったぁぁ――!!」


 迷わず自分の魔力の持ち主の元へ向かった青龍を目にするなり、眉尻を下げたポリンドが駆け寄り、両腕を外に開いて抱擁を待つ様なポーズをとると、青龍は迷わず正面から突っ込んで行き、ポリンドの体内へ同化した。


 わたしたちは、青龍が城内へ壁をすり抜けて入ろうとする直前に、王子とわたしを抱えたハディスがその背から飛び降りてくれたから、城壁に激突なんて最悪な落ちは回避することが出来た。そのまま何かを目指して迷わず突き進む青龍を追って来て、青龍を待ち兼ねていた様子のポリンドに遭遇したわけだ。


 青龍の姿に恐れ、驚きつつも安堵の表情をにじませた城内の人間たちは、その後を追うアポロニウス王子の姿を認めると、一様に「お探ししておりました!急ぎ陛下の元へ!!」と、国王の所へ行く様声を掛けて来る。


 もぉ、嫌な予感しかしないんだけど、皆焦るばかりで詳しい状況が殆ど見えて来ない。


「王子!よくぞご無事で!」


 疲労の見える表情に安堵の色を滲ませてどやどやと駆け付けて来た少年集団は、宰相令息ロザリオン・レミングスを先頭に、神殿司ギリム・マイアロフ、騎士団団長令息カインザ・ホーマーズをはじめとした、高位貴族令息たち側近候補のご学友たちだ。


「王子が窓の外へ飛び去られた後、お姿を探して城内中くまなくお探ししましたが見付け出せず、御身の安全も分からず、その上、国王陛下のもとへ宰相ちちやポセイリンド様が駆け付けられる事態となって‥‥詳しい事は聞かされませんが、私たちも王子が窓から去られるまで側に居たと云うことで事情を聴かれた場でようやく、王子と共に居なくなった青龍が戻って来ていないと云うことを知らされたんです。」


 ロザリオンが瞳を潤ませつつ口早に経緯を告げると、アポロニウス王子が苦笑を浮かべる。


「済まなかった。丁度、月の忌子ムーンドロップを討伐する場に行き当たってしまい、微力ながら手を貸して来たところだ。」

「「「は!?」」」


 令息たちの声が揃った。まぁ、まさかの急展開なんだもの。体験してきたわたしだって何の冗談かと思うわね。って、ギリムは何でわたしをそんな胡乱な目で見るの!?別にわたしが巻き込んだわけじゃ‥‥――いや?青龍に捉まったわたしを止めようとしたんだから関係なくはないわね‥‥。


「心配には及びませんよ。エウレア領主軍やカヒナシのもあって無事討伐成功しましたから。」


 だから大丈夫!と笑顔で告げるけど、令息たちから集まる視線は何故か冷え冷えとしたものに変わってゆく。え、何で!?


「バンブリア嬢‥‥確かここを経つ前は、月の忌子ムーンドロップ討伐に向かおうとする王子の行動を、自己満足の愚行だと諫めていたのではなかったのか?それが何故討伐を終えた話になっているんだ?」


 ギリムが顰め面で眉間を揉みほぐしながら、わたしにピンポイントで話を振って来る。確かに今朝そんな話をした記憶はある。わたしも確かに王子参戦の話は無謀だと判断したわ。けど青龍に運ばれて行った先に月の忌子ムーンドロップが現れちゃったんだから、対応せざるを得なかったのよねー。

 無事帰って来たんだし結果オーライじゃない?と首を傾げて見せるけど、ギリムがわたしに向ける苦いものを噛み潰した様な表情は変わらない。


「いや、違うなロザリオン、ギリム、今回の月の忌子ムーンドロップ遭遇では、バンブリア嬢は私を護るために大いに尽力してくれた。付いて行ったのも私自身が青龍に手を伸ばしたのがそもそもの原因だ。そうでなくとも、私は次期国王を担うであろう自分の信念のために遅かれ早かれ何か行動はしていただろうしな。」


 今朝のアポロニウス王子のくすぶりによる癇癪は、行動したことによって昇華されたらしく、どこかすっきりとした面持ちで今日の無茶を正当化してしまった。でもやっぱり責任のある王子は無理・無茶は駄目だと思うのよね?

 本っ当に、この年頃の男の子って――恐らく、わたしに反発して家出しちゃったヘリオスと同じように、何か自分の立ち位置を確立したくて反発してでも色々試して足掻いてる感じで‥‥頑固で無茶で、困ったものね。


「そうやって男子は雄々しく自分の足で立つことを覚えていくんだよ。」


 自分から離れてゆく反抗期真っ盛りの天使な弟を重ねて、複雑な気持ちになってしまったわたしを慰める様に、わたしの頭にハディスがそっと手を置いた。

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