第34話 なにこの安定感、安心感!?けど近い!近すぎるわ!
陽は随分と傾いて、朱く染まり始めた空を行く青龍は、あっという間に峻嶺を飛び越えてカヒナシへと続く樹海の上を進んでいる。延々と続く大森林は、これと言った目印もない木々がひたすら眼下を埋め尽くしていて、どれだけ飛んだのか、地面の様子では全く推し量ることができない。けれど、飛び越えて来た峻嶺がどんどん離れて行くのを目にすれば、どんな高速で飛んで行くのか想像することができる。
樹海は、以前スバルと訪れた時と同じく、黄色がかった暗灰色の魔力に覆い尽くされている。わたしたちに加勢したムルキャン・トレントが纏っていたのと同じ魔力の色だ。
「バンブリア嬢!あれを!」
ハディスの膝の上に横座りになったアポロニウス王子が指差すと、その先にはゆらりゆらりと不自然に蠢く巨大な木が1本ひと際濃い魔力を纏って周囲の木を掻き分けつつ進んで行く。近付いてみればその巨木はさっきまで共闘していたものと寸分違わない、けれど魔力の漲る姿をとっている。
「よかった!簡単にどうこうなる人じゃないって思ってはいたけど、やっぱり無事だったのね!さっきは助かったわ。ありがとう!」
「むんぅぅ?なんだ小娘、お前のためなどでは断じてないぞ。敬愛するイシケナル様に捧げる研究成果の確認のついでだ。ついでにこの辺りをうろついていた煩わしい羽虫に苦戦する雑魚があまりに見苦しくてなぁぁ?つい手を出してしまっただけだ。断じて小娘に礼を言われる筋合いは無いわぁぁ!!」
幹に浮かび上がったムルキャンの顔が厭味ったらしく嘲笑するけど、なんだろうこれ、ツンデレだよね?
「研究成果って言った?」
ハディスが大きく片眉を跳ね上げて問うと、トレントに浮かび上がったムルキャンの顔は、自慢げに鼻を鳴らしながら誇らしげな笑みを浮かべる。
「むっふぅ、よくぞ聞いてくれたなぁ!才能の無い神器の継承者などよりもぉ非凡なる才能を持った私だからこそ成し得た成果だ、とくと聞けぇ!人の魔力は魔物を魔物たらしめる魔力と混合し、その理を捻じ曲げて自らのものとすることが出来るのだぁ!!」
「つまり?」
「この身体は私であって私でなく、元の脆弱なただの魔物の身体を我が魔力で強固に創り変えた上で、更に我が意識の一部として取り込んだのだぁ!」
「ふむ。すごいな。このままミーノマロのために尽くすと良い。今操っているのは僕の目の前の1体だけなのか?」
「惰弱なお前たちの代わりに成果を上げた3体が潰れてしまったからなぁ。だが、まだまだ増やして行くぞ。この森に封じた全てを我は操るのだ!こうしてはおれん、イシケナル様のために私はまだまだ力を得なければ‥‥。」
ハディス合いの手につられて滔々と語っていたムルキャンは急に表情を消し、ぶつぶつと何かを呟きだすと、こちらからの言葉にはぱったりと反応を返さなくなってしまった。以前イシケナルとともに森を訪ねた時にも、ムルキャンは考える事が出来ると周囲を隔絶して自己の世界に籠り切ってしまっていたから、今回も同じ状態なのだろう。いや、あの時は地面に潜って姿を眩ましてしまったけどね。ムルキャンの無事も分かったし、今度こそ王都へ戻らないと。
『おぉぉぉぉ‥‥‥‥ぉぉん!』
ふいに、青龍が何かに気付いたように咆哮を上げ、空を駆るスピードを増した。
空はますます暗さを増してうっすらと星々が見え始めている。その星々が帯を描く様に集まる天の川までもが、まだうっすらとではあるけれど、姿を現し始めている。あれは日に日に色濃くなってきている。文化体育発表会ではぼんやりとしか見えなかったのに。いまでは随分と濃くなった。天空の異変だけでなく、地上の異変も起こり始めている。エウレアを護る領主軍指揮官であるレヴォル・エクリプスによると、最近は魔物の動きが活発になってきており、油断は出来ない状況にあるようだった。
「青龍!?どうしたの、幾ら何でも速過ぎない!?さすがに風圧で息苦しいんだけどっ!」
「セレ!体勢を低くして、青龍の身体にしっかり掴まった方が良い!」
「わかってる!わかってるけどっ――――!」
風圧にぶわりと足元を掬い上げられて、髭を掴んだまま両足が浮く。まずい、これじゃあ鉄棒技の
羞恥でパニックになりかけたわたしの胴体に、がっしりとした腕が巻き付いて、ぐっと引き寄せられる。ハディスが自分の元に抱え込んでくれたみたいだ。
「言ってるそばから‥‥。ほら、これで大丈夫。」
「ハディ、ありが‥‥と。」
助かったし、有難いのも本当だ。けど、ハディスの左膝に王子、右膝にわたしを座らせた状態で、風圧を避けるために上体を少しでも屈めようとしているこの格好は、密着度が高すぎて―――。
なにこの安定感、安心感!?けど近い!近すぎるわ!呼吸が当たってる?風?風圧で息苦しいの?!
――と、わたしは別の意味で絶体絶命な危機に陥りそうになっていた。それでも、意外にもハディスの鼓動も早くなっているのに気付けたのは、ちょっとだけ嬉しい収穫だったのかも。
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